2015年10月28日

日本の美術にみる色彩と文化(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





V.北斎・広重のプルシャンブルー



江戸時代中頃、ベロ藍と呼ばれる美しく鮮やかな青色の化学染料が初めて販売された。

その名は当時プロイセンの首都であったベルリンに由来したようで、ベロリンとの名も書見されます。そもそもベロ藍は別の合成化学染料色を抽出作成するための製造過程で、誤って偶然鮮やかな青色が生れたといわれており、近年は色の呼称を“プルシャンブルー”の名称で示されることが多くなっています。

田中優子氏は著書「江戸はネットワーク」(平凡社ライブラリー633、平凡社)の中で、宝暦13年(1763年)発行の『物類品隲』(ぶつるいひんしつ)において、平賀源内が「ベイレンブラーウ」として紹介し、数回開かれた薬品会に実物が出品されたらしいと指摘しています。   

また秋田藩主の佐竹曙山が著わしたヨーロッパ絵画のマニュアルにも、プルシャンブルーに関する記述があり、日本に輸入され始めた頃は大変に高価な染料で、御用絵師でもない限り、浮世絵師の手に入ることはなかったようです。


江戸時代の後半になると、上方も江戸も庶民の暮らしが向上して、手の届く値段で買える浮世絵に人気が高まります。初期の浮世絵は墨一色の墨摺り絵でしたが、やがて黒と朱を用いた「丹絵(たんえ)」が登場します。さらに赤や緑の色を少し入れた「紅摺り絵(べにずりえ)」によって飛躍してゆき、さらに美しい色彩の絵が求められる中で、江戸では鈴木春信による多色刷りの錦絵が登場しました。浮世絵は一層の人気を得た。春信の作品には、藍色が効果的に用いられたものがあります。

プルシャンブルーは高価なため浮世絵に用いられませんでしたが、やがて中国が量産に成功したことでアジア諸国へ広まり、幕末近くになると日本でも出回るようになった。文政12年(1829年)、「藍摺り絵」の絵師として人気を集めた溪齊英泉が、浮世絵に初めてプルシャンブルーを使用したといわれ、数枚の板を用いて濃淡(グラデーション)を出すと、それまでにない鮮やかな青の色を団扇や浮世絵に表現し始めました。(図−1)。


江戸時代の後期は旅のブームが起こり、武家も庶民も日常の暮らしを休み、社寺参詣などを理由にして泊りがけの旅に出ることが大きな夢となりますが、必然的に日本の名所や各地の風景が美しく描かれた浮世絵の風景に人気が集まり、大いに期待されてゆきました。初めに手懸けた英泉の浮世絵には、江戸市中における風景の定番である富士山、お城、日本橋がしばしば描かれ、富士山は遥か遠くに雪を戴いた姿がプルシャンブルーを用いて、一際巧みに描かれています。(図−2)


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図−1                        図−2 
溪齊英泉 仮宅の遊女                 溪齊英泉 江戸日本橋より冨士を見る図
天保6年(1835年) 千葉市美術館            天保前期(1830〜44年)江戸東京博物館
プルシャンブルーに魅せられた英泉             定番の江戸風景、富士・城・日本橋



同時代の巨匠・葛飾北斎は風景に限らず、あらゆる森羅万象を描いていますが、特に70歳を越えてから仕上げた「富嶽三十六景」にはプルシャンブルーがふんだんに用いられ、その鮮やかな青色に、19世紀印象派の画家をはじめ、多くの芸術家が魅せられました。さらに「千絵の海」、「諸国名橋奇覧」、「諸国滝巡り」、「百物語」といった他の北斎作品群でも、鮮やかな青色が画面に満ち溢れています。初代歌川広重も、「東海道五十三次」、「名所江戸百景」等、数々のシリーズものにプルシャンブルーを巧みに活かし、江戸っ子の粋と爽やかさに満ちた独自の世界を作り出して、さらに人気を博します。(図−3〜8)


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図−3                        図−4 
葛飾北斎 千絵の海 五島鯨突             葛飾北斎 諸国名橋奇覧 摂州天満橋
天保4年(1833年頃)東京国立博物館          天保4〜5年(1833〜4年) 山口萩美術館
長崎五島列島の捕鯨大漁法を描く            プルシャンブルーも一文字の黒もお洒落




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図−5                       図―6 
葛飾北斎 神奈川沖浪裏              初代歌川広重 東海道五十三次 箱根湖水
天保2年(1832年頃)メトロポリタン美術館      天保4〜5年(1833〜4年)浦上コレクション
 世界の誰もが知っている日本の絵          色面分割の大胆さはゴーギャンの絵に影響




荻原3−7.jpg 荻原3−8.jpg

               
図−7                        図―8 
初代歌川広重 名所江戸百景 猿若町の夜       初代歌川広重 近江八景之内 唐崎夜雨
安政3年(1856年)神戸市立美術館          天保4=年(1833〜4年)中山道広重美術館
  月明りの人影と西洋遠近法の奥行           真っ直ぐに降る雨、黒の格調ある美





                   参考文献・資料
T.徳島・阿波藍の歴史と文化
  田村善昭著『日本の藍―染織の美と伝統』 日本放送出版
  小笠原小枝著 『染めと織の鑑賞基礎知識』 至文堂 1990年     
大滝義春著『着物のふるさと・染色めぐり』 グラフィック社 2010年
U.古伊万里・有田の染付の魅力
  藤原義近編集『ガラスと染付』TheあんてぃーくVol.7号
  鈴田由紀夫監修『有田焼の歴史』DVD 佐賀県立九州陶磁文化館制作
V.北斎・広重のプルシャンブルー
  福田英雄編集 『太陽浮世絵シリーズ 広重』 平凡社 1975年
  田中優子著 『江戸はネットワーク』 平凡社 2008年 



教育学部 児童教育学科 教授 荻原延元