2019年03月18日

明治日本における翻訳・翻案 ― イギリス文学を中心に(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





2.1 明治時代の自己啓発本---スマイルズの『西国立志編』(1871年)

サミュエル・スマイルズによるSelf-Helpは1859年、イギリスで初版が出版されるとたちまち売り切れる人気を博す。著者スマイルズはスコットランドの医者から一転、カリスマ的指導者となった。自己啓発本の元祖である。

スマイルズのSelf-Helpの特徴は二点あり、まず、自己学習の重要性を強調した点、そして、努力すれば「紳士」にもなれるかもしれない、と思わせた点である。がんばれば報われる、というスマイルズの言説は現代版紙媒体の表紙にも受け継がれ、オックスフォード大学出版、ケンブリッジ大学出版のSelf-Helpの表紙には、いずれも自ら努力することの重要性をあらわす図版が使用されている。


自己学習の重要性について、British Libraryは以下のように説明している。


[Smiles] proposes knowledge as one of the highest human enjoyments and education as somewhat erratic road along which knowledge is acquired.

(www.bl.uk/collection-items/self-help-by-samuel-smiles)


つまり、スマイルズによると、知識とは人間にとって最高の楽しみのひとつであるものの、教育は知識を修得する際に迷走を伴うものでもある、ということになろう。そして、もう一点の、努力すれば「紳士」になれるかもしれない、というくだりについては次のように解説する。


One of Smiles’ most striking claims at the time was that even the poor could be gentlemen: ‘Riches and rank have no necessary connexion with genuine gentlemanly qualities’, which he describes as being ‘diligent self-culture, self-discipline and self-control --- and above all […] that honest and upright performance of individual duty which is the glory of manly character’.

(同上、下線部小泉)


下線部を中心に訳出すると、「貧乏な人間でも「紳士」になることができるが、「紳士」に必要な性質とは勤勉さと自己鍛錬、自己修養、自制心である」と述べていることがわかる。明白な階級制度が存在するイギリスにおいては、たとえ、労働者階級の人間が事業に成功して成り上がり、中産階級以上の資産を所有することができたとしても、内面が伴っていなければ所詮は労働者階級どまりで中産階級の仲間入りは果たせない、というのが通例だ。しかし、スマイルズのSelf-Helpの登場によって、そうした人物でも、努力すれば紳士階級の仲間入りができるかもしれない、と希望が持てるようになった、その意義ははかりしれない。この、努力すれば、夢はかなう、という言説は明治初期の日本においてもひろく受け入れられることとなった。

明治4年(1871年)、中村正直による訳出でSelf-Help (1866[1859])は『西国立志編』として出版され、人気を博した。この『西国立志編』は、1866年に出版された増補版を原典としているが、初版と同様、「自学」「勤勉」「向上心」の必要性を説き、「自助の精神」を提唱する内容で、「天はみずから助くる者を助く」という有名なフレーズもこの『西国立志編』第一編の第一文に由来する。たとえるならば、自己啓発本の元祖と言えよう。

自立し、人に頼り切らないことが重要、とのメッセージを持つ『西国立志編』だが、財源不足でインフラ整備もままならない明治政府にとっては、大変都合のよい内容だったことだろう。

松沢裕作が『生きづらい明治社会 不安と競争の時代』において、「明治政府は、クーデターによって成立した、人びとから信頼されていない政権だったので、高い税金をとることができず、政府の財政を通じて、豊かな人から貧しい人へ富を再分配するような力をもちようがなかった」(pp.69-70)と述べているように、国民ひとりひとりが努力する必要性を感じざるを得なかったのだ。


明治時代のバイブルとも言われた、翻訳版の『西国立志編』では、原文とはレイアウトを変えて十八、十九世紀の偉人たちについてそれぞれ項目を分けて説明しているが、そのなかでも自助の精神が特に顕著な項目は以下の通りとなる。「忍耐力こそ成功の源泉」「勤勉な努力と忍耐が成功を導く」「いかにしてチャンスをつかむか」「意志の力の重要性」「勤勉な仕事ぶり=人格形成に貢献」「自学による立身出世」「「真の君子」たるべし」である。この項目の中から二つ、「忍耐力こそ成功の源泉」と「「真の君子」たるべし」の翻訳を分析したい。


まず、「忍耐力こそ成功の源泉」である。原文と翻訳を併記する。


All nations have been made what they are by the thinking and the working of many generations of men. Patient and persevering labourers in all ranks and conditions of life, cultivators of the soil and explorers of the mine, inventors and discoverers, manufacturers, mechanics and artisans, poets, philosophers, and politicians, all have contributed towards the grand result, one generation building upon another’s labours, and carrying them forward to still higher stages.

(Self-Help, pp.19-20)


およそ諸邦国、今日の景象に至るものは、みな幾世幾代を経て、諸人あるいは心思を労し、あるいは肢体を苦しめて、成就せしものなり。忍耐恒久の心をもって、職事(仕事)を勉強する人、尊卑貴賤の別なく、(土地を耕墾する人、鉱山を検尋する人、新器新術を発明する人、工匠の人、品物を製造する人、詩人、理学者、政学家)これらの人、古より今に至るまで、しだいに工夫を積めるもの、合奏して盛大の文化を開けるなり。 (『西国立志編』p.63)


原文では “contributed towards the grand result”, “to still higher stages”とある箇所が、「しだいに工夫を積めるもの、合奏して盛大の文化を開けるなり」と変わってはいるものの、「一人一人の努力が大きな結果につなげがる」というニュアンスは少しだが読み取れよう。

だが、「「真の君子」たるべし」になると、‘gentleman’の翻訳が難しくなってくる。‘Even the common soldiers proved themselves gentlemen under their trials.’ (Self-Help, p.331)という英文が、中村の訳では、「尋常の兵卒といえども、患難の際に臨んでは、化して温柔の君子となるなり。」(『西国立志編』p.537)と変わってしまう。中産階級以上に所属し、マナーおよび礼節を兼ね備えた男性(ただし貴族ではない)、という意味を持つ‘gentleman’を「紳士」という単語で置き換えることが一般化したのは、少し時代が下ってからのことである。

『広辞苑』によれば、「紳士」という言葉は明治20年〜22年に発表された二葉亭四迷の『浮雲』の一節からとあり、「「搢紳の士」の意」と説明される。中村が訳出した際には、まだこの用例はなかったため、「紳士」ではなく「君子」を使ったと考えるのが妥当だろう。階級制度を内包する‘gentleman’を、「君子」という階級を超えた言葉で言い換えた翻訳者中村正直のセンスには、驚かされる。


最後に、『西国立志編』が翻訳された意義についてまとめると、新時代「明治」における日本人の「向上心」に合致した、ということがまず、言える。欧米列強に追いつけ追い越せ、の精神に合致したわけだ。そして、すべての人民の自助と努力が国の繁栄に貢献するというメッセージからは、明治政府にとって都合の良い国民の創生が促され、同時に、努力は裏切らないことを知るべしというメッセージからは、当時の国民にとってまさに必要不可欠なパラダイムが提供されたことになる。翻訳『西国立志編』は、国民の自己肯定感の向上を図るための、うってつけの装置だったと言えよう

(4)につづく

文学部 国際英語学科 准教授 小泉 朝子




posted by 園遊会 at 11:28| Comment(0) | 明治維新150年