2014年06月25日

アーネスト・サトウの見た幕末・明治(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学


第4回 『会話篇』に見る日本語



『会話篇』では、当時の日本の様子と共に、当時の日本語を観察することができます。

次の文には、今とは少し異なる日本語の使い方が見られます。3回目で紹介した練習問題12の火事の場面には、
次のような文があります。



12-23 Ano dozo^-dzukuri no iye' wa doko no uchi da ka, maru de' hinoko ga kaburu.
      あの土蔵造りの家は、どこの家だか、まるで火の粉がかぶる。

     Whose is that mud godown-built house ? It is quite covered with sparks.



 この「まるで」は、「まるでだめだ」や「まるでできなかった」のような否定的な内容の場合には全くの意味で
使用されますが、肯定文の場合は「まるで雪が舞うように」といった比況を表す場合に使用されることがほとんどです。
この文章は「土蔵全体が火の粉をかぶる」という意味となり、現代の感覚からすると少し違和感がある使用です。

ただ当時はこのような使用も普通に行われていたようで、
別の場面には「手水鉢の水がまるで凍りついてしまって」(練習問題22)や「着物を夜露でまるで濡らしました」
(練習問題24)という使い方が見られます。これらも練習問題12と同じ用法で「まるで」が使用されています。



練習問題14には、現代の使用には用例が見られない副詞「なかなか」の用法があります。

練習問題14は、サトウが使用人を雇うお話です。テキストの中には気の利いた使用人の話も出てきますが、
どうも最初のころサトウは、ずる賢い使用人に大分苦労をしたようです。


14-19 Kore', Torakichi! temei yu^be' doko e' itta.
      これ、トラキチ!てめい夕べどこへ行った。

      Here, Torakichi ! Where did you go last night ?||

14-20 Dokko e' mo mairi wa itashimasen'.
     どっこへも参りはいたしませぬ。
 
    
      Didn't go anywhere, sir.


14-21 Ikanai koto ga aru mono ka. Yo^ ga atte‘ yonda-keredo he’ya ni inai ja nai ka.
     行かないことがあるものか。用があって呼んだけれど部屋にいないじゃないか。

     Do you mean to say you didn't ? You know you weren't in your room
when I called you.

14-22 Hei, naruhodo, ano toki wa yu ni maitte' rusu de' gozaimashita.
      へい、なるほどあの時は湯に参って留守でございました。

      Now you say so, I recollect. I was out at the bath, sir, at the moment.

14-23 Baka ie'! yatsu kokonotsu ni do^ shite' yu ga aru mono ka. Sendatte'kara
iken mo tabitabi shita ga, ore' no iu koto wo sukoshi mo kikazu, amassae"
shiujin wo azamuku to wa futoi yatsu da.

      馬鹿言え!八つ九つにどうして湯があるものか。先だってから意見もたびたびしたが、
おれのいうことを少しも聞かず、あまっさえ主人を欺くとは太い奴だ。

      Stuff and nonsense ! There's no bath at one or two in the morning.
I've had frequent occasion to find fault with you of late, but you take no heed of what I say,
and, in addition, you try to deceive your master. You're an insolent fellow.



実際の場面を見ているような会話がテンポよく続いていくのが感じられるでしょうか。

さて、この次の文に「なかなか」という副詞が出てきます。

14-24 Tonda koto osshaimasu. Do^ shite', nakanaka uso wa mo^shi-agemasen'.
     とんだことおっしゃいます。どうして、なかなかうそは申しません。

     It's a dreadful accusation, sir. How could I ever tell you a lie ?

この「なかなか」は、やはり現代とは異なる用法で、否定を伴うと「決して〜ない」という強い否定を表す意味で
あったようです。今でしたら「なかなか会議が終わらない」のように、何かに時間がかかる様子を表す副詞として
使われますね。

 このように、『会話篇』では当時の日本語の機能や意味が異なる用例をいくつも観察することができます。

サトウの残した『会話篇』は、幕末の日本語の姿を伝える重要な資料でもあるのです。



<参考文献>
アーネスト・サトウ著 坂田精一訳 『一外交官の見た明治維新』上・下巻 岩波書店(1960)
萩原延壽著『岩倉使節団 遠い崖―アーネスト・サトウ日記抄9』朝日新聞社(2000)
横浜開港資料館編『図説 アーネスト・サトウ 幕末維新のイギリス外交官』有隣堂(2001)




文学部 日本文化学科 教授 長崎靖子





posted by 園遊会 at 16:57| Comment(0) | シリーズ「東と西の物語」
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