2014年09月29日

アレクサンドロス大王の目指した帝国(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





第3回 遠征の動機:アレクサンドロスを突き動かしたもの



 東方遠征が、ペルシア戦争の報復として父王の計画を引き継いで行われたことはすでに説明しました。
ですが、アレクサンドロスには単に父親の遺志に従うというよりも父に対抗する気持ちもあったようです。

彼は若い頃、父の軍功を喜ばず、むしろ自らがなそうとしていることを取ってしまっていると嘆いたそうです。
そして豊かな国ではなく、戦争と名誉心を満たす余地を残して欲しいと考えていたと伝えられています。

 この名誉の追求こそがアレクサンドロスを遠征に駆り立てたと現代の研究者の多くが考えています。
その論拠の1つとして挙げられるのが、ギリシアの伝説上の英雄アキレウスへのアレクサンドロスの傾倒です。

 アキレウスは、ギリシア連合軍によるトロイア攻城を題材としたホメロスの叙事詩『イリアス』の主人公です。
自分が戦場で命を落としても長らく語り継がれる名声を得ようとしたアキレウスは、競争と名誉を重んじるギリシア人の
心性をよく表すヒーローと言えるでしょう。

 アレクサンドロスも『イリアス』を戦術の資料として読み携えており、ダレイオスから得た戦利品の美しい小箱には
『イリアス』を納めるのが相応しいと述べたと伝えられています。繰り返し『イリアス』を読みながら、父親はおろか、
この英雄にも負けない名声を得ることをアレクサンドロスは夢想したのではないでしょうか。

 実際、従軍を拒む部下に対して、「武勇に生き不滅の誉れを残して死ぬことこそ尊ぶべきである」と述べて説得を
試みたというエピソードは、まさにアレクサンドロスが名誉を追い求めていたことを物語ります。

 しかし、アレクサンドロスの説得は功を奏しませんでした。名誉の追求は将兵に理解できない価値観ではなかった
にしても、あまりにも独善的なものと映ったのではないでしょうか。アレクサンドロスの理想と部下たちが見つめていた
現実との間には隔たりがあったようです。そして、私たち(少なくとも私)は部下たちに同情してしまいます。

こうしたギャップは遠征のあり方だけでなく、いまやペルシア帝国の領土を治めることになったアレクサンドロスがとった
施策に対する態度にも見られたのです。

(4)につづく




文学部 史学科 講師 高橋亮介






posted by 園遊会 at 14:56| Comment(0) | シリーズ「東と西の物語」
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