2015年01月08日

『古寺巡礼』と『イタリア古寺巡礼』ー和辻哲郎の二つの旅行記ー(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学






【4】 『イタリア古寺巡礼』とラファエロの聖母像


和辻は1927年(昭和2年)から1928年(昭和3年)にかけて数か月イタリアに滞在しています。その間、和辻は日本にいる妻に宛てて再三手紙を送っていますが、その手紙を再編集し、また一部加筆して上梓したのが『イタリア古寺巡礼』です。発行は1950年(昭和25年)のことです。

その旅行の主な訪問先はジェノヴァ、ローマ、ナポリ、アマルフィ、シラクサ、パレルモ、アッシジ、フィレンツェ、ピサ、ボローニャ、ラヴェンナ、パドヴァ、ヴェネチアなどで、旅行の目的は各地の教会や美術館を訪ねて美術作品を見ることにありました。ただ、『イタリア古寺巡礼』では日本とは異なるイタリアの風土への観察もこまやかになされていて、これが後に、和辻の代表的な比較文化論である『風土』(1935年)の構想に生かされてゆくことになります。

 さて、イタリアでの美術作品についてですが、和辻はこの旅行でイタリア美術の代表的作品を初めて自分の眼で見て歩いたわけです。この旅行記は現地で書いた手紙をもとにした叙述ですから、高揚した和辻の気分も伝わってくる臨場感のあるものです。が、同時にヨーロッパ精神史の推移を踏まえて美術作品の意義を捉えようとしている点において、この旅行記は、日本の古代文化の成り立ちに関する深い造詣を背景として、古美術を求めて旅をした『古寺巡礼』の場合と同じような魅力を持っていると言ってよいでしょう。

 次の叙述はラファエロの聖母子像に関するものですが、ジォットーやミケランジェロなどと対比しながら、中世からルネサンスへかけてマリア像がその宗教性を希薄にしてゆく過程の中にラファエロの聖母子像を位置付けたものです。



  ここに選び出したのはそのうちで(ラファエルのいくつかのマドンナ像のうちで)<グランドゥカのマドンナ>と呼ばれているものであるが、これはもう明白に慈悲の女神などを描き出そうとしているのではなく、「母と子」というものの永遠の姿――人生に意味がある限り、常にその意味の核心の中に存しているであろうと思われる深い事実――を描き出そうとしているのである。・・(中略)・・こうなればもう、この赤ん坊が大きくなってヨハネの洗礼を受け、キリストの自覚に達し、十字架に付けられるとか、この母親はあらゆる他の母親とは異なり聖霊によって妊んだのであるとか、という伝説的な内容は、この絵の本質的な価値をなすものではない。ただ母性の偉大さ、清浄さ、母の愛の中にある嬰児の天真な美しさ、生い育ち行く豊かな命の芽生えとしての嬰児の肉体の清らかな美しさ、――それらは実際に人間の存在の中で最も美しいものである、――そういう美しさを具象的に、鋭く、あるいは豊かに、あるいは優雅に現わしている点にこそ、絵の価値はかかっているのである。ラファエルはその中で清浄さや優雅さを特にねらった画家であるといってよい。
(和辻全集第八巻)





 さて、以上和辻の二つの旅行記のさわりのようなものについて書いてきました。ここまでの内容に興味をお持ちの方があれば、和辻の二つの旅行記を実際に手に取られることをお勧めいたします。二作品とも、岩波書店から発行されている和辻全集のほか、和辻のいくつかの他の著作とともに岩波文庫にも収められています。




4ラファエロ_大公の聖母縮小.jpg



ラファエロ「大公の聖母」(ピッティ美術館)



文学部 日本文化学科 教授 湯浅 弘

(哲学・比較思想)




posted by 園遊会 at 10:56| Comment(0) | シリーズ「東と西の物語」
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