2015年05月11日

「赤い王朝、黄色い王朝」−五行説の世界−(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





(2)



 『尚書』洪範篇と相前後して、万物の根本となるいくつかの元素とその特徴を説明することで、この世界の基本法則を解き明かそうとする記述が、いくつかの文献に見え始めます。やがて、挙げられる元素が水・火・木・金・土に固定していきます。最も説得力があったということでしょうね。

 「この世界は水・火・木・金・土という五つの元素から成り立っている」「それぞれ特徴的な性質があるのだから、それに従って上手に利用することこそ、事をうまく運ぶための基本である」という五行説の基本が確立すると、それより先に成立していた、「万物には陰と陽という二つの側面がある」という陰陽説と容易に結びつきます。こうして成立したのが「陰陽五行説」というわけです。


 紀元前に栄えた古代文明で、「この世をつかさどっている根本は何か、万物の全てを形作っている元素は何か」という原理を探求した…ということですぐ思い起こされるのは、古代ギリシアの哲学者たちでしょう。

 万物の根源は「水だ」「数だ」「火だ」「原子だ」と、多くの学者が多彩な学説を遺しました。タレス、ピタゴラス、ヘラクレイトス、デモクリトス…。中には、現在から見ても「鋭いなあ」と唸らされるような記述も少なくありません。




タレス2.jpg       デモクレイトス.jpg





 それにわずかに遅れる形で、ギリシアの存在すら知らない遠方の古代中国にも、似たような思索をする人々が出現した、ということです。

 ただし五行説の特徴は、単に自然界の法則、万物の根源を解明するという点に留まらず、人間の精神的営みである感情や「徳」も五つの要素からなる、と守備範囲が非常に広かったことです。この王朝のシンボルカラーはこれだ、という話もそこから出てきます。

 『尚書』洪範篇の後段には、
 「雨・日照り・暖かさ・寒さ・風、という五つの徴候を重視せよ。これらがバランスよく、順序を違えずやってくれば、豊作になるのである。逆に一つだけが多すぎたり少なすぎたりすると、よくない結果となる。王が慎ましやかなら適度に雨が降り、王が物事をよく治めれば適度に日照りがあり、王が聡明なら適度に暖か、王が明敏なら適度に寒く、王が万事に通ずれば適度に風が吹くのである」とあります。

 
つまり、農耕民族であった古代中国の人々にとって最も重要だった気候・天候の善し悪しは、為政者である王の行いの善し悪しに懸かっているのである、と説くわけです。
 
このように五行説は、そのスタートの段階から、自然科学と政治思想とを結びつけるものでした。


 戦国時代後期(紀元前3世紀)、斉(せい)の国(今の中国東部、山東省あたり)に、鄒衍(すうえん)という人物が現れます。この人の著作は残っていませんが、現在に伝わるいくつかの古典文献に、鄒衍はこんなことを説いた、という記述が残っています。

 
それによれば…
 「この世には『木徳』『火徳』『土徳』『金徳』『水徳』という五つの徳がある」
 「そして各王朝は、それらの徳の一つと結びついている」
 「これらの徳は循環する。王朝が交代するごとに、徳も次へ次へと移ってゆく(五回王朝が交代すれば元に戻る、ということになる)」


 …なんだかよくわかりませんね。

 
そもそも、「徳」って何なんでしょうか。「徳」に種類があるってどういうことでしょうか。

 
我々が「徳」という単語でイメージする用法といえば、「あの人は人徳がある」とか「徳の高い殿様」とか、そんなカンジですよね。つまり、人柄のすばらしさ、周囲から尊敬されるような立ち居振る舞い、といったイメージ。


 『広辞苑』(第五版)で「徳」を引くと、「@道をさとった立派な行為。善い行いをする性格。身についた品性。」とあります。これは、我々が普通に考える「徳」の説明ですね。


 しかし実は、中国で2000年も3000年も前にこの単語=漢字が誕生した当時、この語には「立派だ」とか「善い」とかいう評価や、「行為」とか「性格」とかいう意味は、全然含まれていなかったんです。


 もともと、この「徳」という単語は、「人を動かす『目力(めぢから)』」を指すものだったのです。
 現在なお「目力」という言葉があるように、人が強いまなざしを何かに向けるとき、その視線にはパワーがある、と何となく思ったりしますよね。まるで、目からビームが出て相手を射貫くように。

 
呪術とかオカルトとかの世界がもっと身近だった古代では、なおのことそう信じられていました。人の視線には、その先にあるものを攻撃したり癒やしたりする力が宿っている、と。「徳」という漢字のうち、左側の「ぎょうにんべん」と右下の「心」を取り去った右上部分は、もともと「目からビーム(?)が出ている」姿をかたどったものです。


 だから「善い」とか「立派だ」とか、そういう道徳的な評価とは関係なかったんです。何かこう、もっと超自然的なパワーを指すものでした。


 「徳」とはそういう意味であったという前提で、もう一度上述した鄒衍の説を見直してみましょう。何となく、今度はイメージできる気がしませんか。


 五種類の、超自然的な力。
 それはそれぞれ、木・火・土・金・水というこの世界の基本元素と結びついている。

 この人間社会を支配する存在=王朝は、その超自然的な力を味方に付けているからこそ、社会を支配できるのである。そのパワーを失えば、王朝は滅びる。そして、次の種類のパワーを味方に付けた王朝が、新たに誕生する。…



 鄒衍の説のもう一つの特徴は、その五種類の徳は決まった順序で交代し循環する、という点です。次回はその点から見ていきましょう。


(3)につづく


文学部 史学科 教授 高津 純也




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