2015年09月28日

日本の美術にみる色彩と文化(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





―青の世界ー



U.古伊万里・有田の染付の魅力



佐賀県有田市は日本の磁器誕生の地で、伝わるところによれば江戸時代初期に朝鮮半島から来た李三平という人が、鍋島藩内の有田泉山(図−1)で白磁土を発見し、器の成型と焼成に成功したと云われています。


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図1 泉山採石の様子
 


鎖国の時代、長崎の出島にてオランダや中国との貿易が始まると、様々な物資とともに中国景徳鎮の優れた磁器が舶来し、その影響を受けて有田の磁器はいよいよ発達してゆきます。やがてオランダ東インド会社との交易が盛んになり、有田焼はヨーロッパでは通称“Imari”と呼ばれて、王侯・貴族たちに好まれました。

有田窯の当初は李氏朝鮮風でしたが、やがて中国の呉須(コバルト)による青い絵付「青花(せいか)」を模倣して、花・風景・祥瑞・吉祥文などの染付を生産してゆきます。
やがて17世紀後期になると白磁に青一色の染付のみならず、白磁に赤などの鮮やかな色絵付けを施した柿右衛門様式が登場、色絵付けと染付を組み合わせた技法「染錦手(そめにしきで)」による完成度の高い磁器をも生産し始めます。(図−2)(図―3)


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図2景徳鎮の青花大皿
(県立九州陶磁文化館)

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図3 染付白鷺図三脚皿
(県立九州陶磁文化館)




17世紀のヨーロッパ貴族はバロック趣味であり、豪華絢爛なものを好むことを注文主のオランダから知ると、有田では早速中国の青花芙容手皿、器にみる大柄な意匠等を手本として、より華やかな金襴の染錦手を工夫して注文に応じてゆきました。このことはいかにも日本人の融通無碍を心得た機敏さを表していて、大変興味深いところです。

先年、佐賀城と鍋島家の徴古館、及び佐賀県立博物館、県立九州陶磁文化館、有田赤絵町の今泉今右衛門窯、肥前鹿島市の鍋島木版更紗の鈴田滋人工房を訪ねました。このことにより鍋島藩には伝統的な武家の美意識の高さと、優れた産業振興育成策を常に発揮し、現在においても佐賀県の文化には、独自性とその感性の豊かさを見ることが出来ます。

平成24年8月、筆者知人の鈴田滋人氏(鍋島木版更紗・人間国宝)より紹介を頂き、御用釜で色鍋島の伝統を継承する有田赤絵町の今泉今右衛門窯と今右衛門古陶磁美術館2ヶ所を訪ねて、14代今右衛門氏より直々に鍋島の磁器についての解説をして戴きました。また九州陶磁文化館においては、館長の鈴田由紀夫氏が各展示室の案内と解説をして下さり、館長が作成の“九州陶磁の歴史”の映像を頂き、より深く学習する機会を得ました。(図―4)(図―5)(図―6)


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図4 染付風車文皿 鍋島様式
(今右衛門古陶磁美術館)

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図5 柿右衛門様式・色絵梅鶯文皿
(今右衛門古陶磁美術館 )

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図6 古伊万里・源右衛門窯
   (県立九州陶磁文化館)




九州陶磁文化館内に特別展示されている柴田夫妻コレクション展示は、古伊万里の染付を中心に数千点の寄贈作品で構成されていました。呉須(コバルト)を用いた初期伊万里の名品もよく揃い、その量と質の高さに驚くばかりです。それらの染付の絵柄には唐草・青海波・亀甲・吉祥文字そして何と言っても蛸唐草文様の皿や壺が多いのには驚きました。そば猪口の数量の多さにも目を見張るものが有り、その猪口の楽しさも感じました。正に染付は庶民の器そのものと云えます。

ちなみに西洋で磁器の生産が始まるのは、Imari(輸出伊万里)がヨーロッパの貴族たちに競って購入された頃より30年が経ってからです。やがて“カオリン”と呼ぶ白磁土が見つかり、磁器の生産が始まりますと、最初はドイツのマイセンがその焼成に成功します。時代はシノワズリー(中国趣味)でしたが、特に日本の染付が好まれて手本となり、伊万里の色絵柄も数多く模倣されました。やがて各国では西洋磁器の新しい技法も工夫されて、イギリスをはじめとしてヨーロッパの諸国で様々な展開を見せてゆく事になります。(図―7)


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図7 色絵桜樹群馬文八角壺、広口瓶 (有田焼成)
  (県立九州陶磁文化館)




やがて、鍋島藩は御用窯を大川内に築くと、朝廷と幕府への献上品と鍋島家の調度品としての用途以外には一切外に販売することのない高級磁器、即ち“鍋島”を製作し始めました。初期鍋島には染付の小皿などに優品を見ることができますが、その特徴はどこか素朴な温かみを感じる良さがあります。淡青ともいえる染付が美しい。絵柄には白鷺、桃,兎などをはじめ、小動物や果実、草花、風車などがあり、呉須(コバルト)の青と白でシンプルに色分けして表現しています。染付の中には墨を吹き付けたような「吹き墨」と呼ばれる技法が見られ、初期鍋島の特徴の1つになります。(図―8)(図―9)


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図8 色鍋島 岩牡丹文 
  (戸栗美術館)

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図9 鍋島・吹き墨技法
  (県立九州陶磁文化館)
 



元禄期の“色鍋島”は日本の色絵磁器の最高峰と言えるでしょう。そもそも外様大名であった鍋島家は武家の格調と高い美意識による高品質な磁器の生産に力を注ぎ、毎年新しい色鍋島を朝廷と将軍、徳川家へ献上してゆきます。この誰も真似することの出来ない最高級の磁器を、鍋島家の誇りと藩の存亡をも考えた最重要な品物として考えていたと思います。

今回、公開講座で用いた図像資料は、九州陶磁文化館長の鈴田由紀夫氏より戴きましたもので、それを存分に用いる事ができたことは誠に幸いでした。改めて感謝申し上げたい。


(3)につづく

教育学部 児童教育学科 教授 荻原延元




 
            
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