2016年05月19日

「紫の物語」としての『源氏物語』(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





(4)



 光源氏が、若紫の君に詠みかけた和歌は、作品の中にあまた詠みだされる和歌の中でも、特に著名なものです。「藤の花の色である紫色が、その根にかよっている野辺の若草」とは、平安時代の人々が、紫色を染める時に染料としていた、紫草を指しています。つまり、「若紫の君」とは、「瑞々しい紫草を思わせる女の子」という意味なのです。

紫草は、花や葉ではなく、その根が染料として使用されます。下の写真は、掘ったばかりの紫根(しこん/紫草の根)です。



ムラサキ1.jpg






 この光源氏の和歌をもって、藤壺宮から若紫へと引き継がれる「紫のゆかり」が、読者にはっきりと示されます。




また、ここであらためて振り返り、藤壺宮や若紫を物語に呼び込む原動力となった、桐壺更衣に考えを遡らせてみましょう。光源氏の母親は、なぜ「桐」という植物を、その呼び名としたのでしょうか。

 実は桐もまた、下の写真のように、紫色の花なのです。


ムラサキ2.jpg





『源氏物語』のほぼ同時代に記された、清少納言による『枕草子』には、以下のような描写があります。

【『枕草子』第一二五段「木の花は」】
桐の木の花、紫に咲きたるは、なほをかしきに、

【現代語訳】
桐の木の花が、紫色に咲いているのは、やはり情趣があるものであって、



 「紫」という色彩を介した、藤壺宮と若紫の「ゆかり」を認めたとき、おそらく平安時代の『源氏物語』読者たちは、桐の花も同じく紫色であることに思い至ったでしょう。桐壺更衣が、なぜ「桐」壺更衣だったのかを、この時点で初めて認識するのです。つまり「紫のゆかり」は、『源氏物語』の作者である紫式部が読者たちに投げかけた、大掛かりな「知的謎かけ・知的遊戯」とみることができるのです。



【資料出典】
・ 小学館 新編日本古典文学全集『源氏物語』、『枕草子』、『更級日記』。ただし現代語訳は、解説の便宜上、私訳を織り交ぜた。

【主要参考文献】
・ 荒木良雄「源氏物語象徴論―特に女性の呼び名について―」(『国文学 解釈と鑑賞』第13-3号、1948年3月)
・ 伊原昭氏『平安朝文学の色相―特に散文作品について―』(笠間書院 1967年)
・ 拙著『平安朝文学における色彩表現の研究』(風間書房 2011年)
・ 鈴木宏子氏『王朝和歌の想像力―古今集と源氏物語』(笠間書院 2012年)
・ 原岡文子氏『源氏物語とその展開―交感・子ども・源氏絵』(竹林舎 2014年)


文学部 日本文化学科 講師 森田直美






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