2017年03月15日

祭りが生まれる、祭りが変わる(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





祭りが生まれる、祭りが変わる―民俗学の立場からみた祭りの現在―(3)


6.祭りの消極的変化B―社会的側面

祭りは社会的な理由によっても変化します。例えば、祭りには喧嘩がつきものです。命に関わる危険な行事が行なわれることもあります。祭りは暴力や死と隣あわせの時空間でもあります。
 
しかし、祭りからはそのような暴力が排除される傾向にあります。特に、観光客を集めようという祭りならばなおさらです。安全性の確保が優先されるのです。青森市のねぶた祭りでは、ルールを逸脱するようなかたちで祭りに加わる「カラスハネト」という若者たちが問題になっており、様々な対処を講じています。また、諏訪の御柱祭はよく知られているように、勇壮な木落としの伴う危険な祭りです。怪我人や死者が出ることもありますが、実際に死傷者が出た場合にはこれを恥じてあまり語りたがらない一方、死傷者のない年には地元では「公にされていないだけで実は死者が発生している」という噂が流れているという研究報告があります。

死者が出て規制されると困るわけですが、こうした噂には、無事に終わった祭りに対し、危険で勇壮な祭りであるというイメージを補完する意味があるといいます。安全で規制された祭りには、本来その祭りが備えていたエネルギーが欠けているかのように思われているのかもしれません。人びとは自身が危険な祭りに参加していると思いたいのでしょうか。



 やや次元の違う社会的な理由としては、文化財化をあげることができます。なんらかの文化を「文化財」として認定するのは学問です。学問の介在が、それまでは存在しなかった新しい価値を与え続けており、結果、それが祭りに変化を及ぼしているのです。

また佐原の祭りを事例にしてみます。佐原の山車の大人形は、江戸の人形師の手になったものです。それらの人形師の系統はすでに絶えていますので、今日では極めて貴重な作品といえます。あるきっかけで佐原では大人形の価値に気付いたのですが、そこでなにが起こったのかというと、管理・保存が徹底されるようになり、レプリカが作成されました。そして、祭礼に本物の大人形を出さない、という選択が行なわれるようになりました。本物は、年番をつとめた際など、特別な機会に曳き出すようにしている町内もあります。自町内の山車に文化財としての価値のあることが自覚化された結果、祭りの行ない方にも影響が及んだのです。

また、佐原の山車は大人形ばかりでなく、山車の側面を飾る彫り物の素晴らしさも各町内で矜持とされています。これらも当然、文化財的価値を有するものです。そして、そのことが自覚された結果、ある種の美意識の変化が発生します。あるインフォーマントは、子どものころ、若衆たちが彫り物に足をかけて軽やかに山車にのぼる様がかっこよく、憧れていたといいます。しかし、今日ではそれはもうかないません。彫り物はただでさえ破損しやすいのです。

以上は、瑣末なようで重要な問題です。学問が研究対象を変えてしまうわけです。学問が現実社会に及ぼす影響は、民俗学はもちろん学際的な重要テーマになっています。



7.祭りの積極的変化

一方、祭りは担い手たちの意識的な改革や創意工夫のなかで年々変化しています。例えば、祭りの成功に伴い、大規模化していくなかで、色々な団体とコラボレーションした結果として、多様な演目を取り込みつつ、全体が肥大化し、いったい何の祭りなのかわからなくなってしまう、ということが往々にしてあります。そういうとき、祭りの実行主体はそれらを整理し、または再編成し、名目と実態の整合性をつけようとするわけです。元気のよい祭りは膨張化傾向をもつわけですが、根幹の部分がどこなのか見失われてしまった祭りは、やがてしぼんでしまうかもしれません。祭りは、時空間を出現させる行為です。日常からは切断された時間、日常からは切断された空間であるわけです。その、非日常的な時空間はそれをたばねる主題が必要である、ということかもしれません。

 その一方で、祭りの積極的変化としては、観光化や集客のための努力と捉えられる様々な取りくみをあげることができます。商業的なものに目が向かうことはよくないことのようではありますが、佐原の事例を紹介しつつ述べたように、各地の華やかな祭礼はその土地の経済力を背景にして発達してきました。集客に努力するイベント祭りを「まがいもの」であるかのように考えてしまうのは、むしろ「伝統」への適切な思惟を欠いています。

 祭りは楽しまれねばなりません。楽しまれるためには、現在の人間の興味関心を捉える努力が為されねばなりません。歴史的な祭礼なども、実は例年趣向を変えて、観客を驚かし、他町内に競ろうとしてきました。そのようにあることが、祭りの活力だったのです。観光イベントの類も、そういう「祭り」文化の延長線上で考えてみるべきでしょう。



(4)につづく


【参考文献】
・石川俊介2011「聞きづらい『話』と調査者―諏訪大社御柱祭における死傷者の『話』を事例として―」『日本民俗学』268号



文学部 日本文化学科 講師 及川祥平





posted by 園遊会 at 13:49| Comment(0) | 祭・祀・政
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