2017年11月02日

海の祭典ーホーエンツォレルン家と海ー(1)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





海の祭典 −ホーエンツォレルン家と海−

はじめに

南ドイツのシュヴァーベンを発祥の地とするホーエンツォレルン家は、北ドイツ平原に進出して以降も海には疎い一族と評されてきた。しかし、この一族から海を愛し船を愛する2人の人物が現れた。1人は、アーダルベルト・フォン・プロイセン(1811~1873年)であり、もう1人はドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム2世(1859~1941年)である。

前者はプロイセン王国の軍港建設にあたり、場所の選定をはじめプロジェクトを一任された海軍大将である。軍港の所在地ヴィルヘルムスハーフェン市には、彼の銅像とヴィルヘルムという名前を港の名称として与えたヴィルヘルム1世(1797~1888年)の銅像が立っている。一方後者は、軍港キールで開催される、世界最大級の海の祭典、キーラーヴォッヘの創設と発展に寄与したドイツ帝国最後の皇帝である。

実は、軍港も海の祭典も、元をただせば2人の趣味がその地を求めたことが発端であり、加えて軍港にはむしろ似つかわしくないと思われるような、ほのぼのとしたエピソードに彩られていることについては、日本ではあまり知られていない。

そこで本講座では、ホーエンツォレルン家にとっての軍港が、本来の機能以外に所在都市にもたらした経済的・文化的意義について考察する。




海の祭典1−写真1.jpg



ホーエンツォレルン城よりシュヴァーベンの山々を望む






1.軍港ヴィルヘルムスハーフェンの成立

 プロイセン王国は、1843年から1852年にかけて断続的に続いたデンマーク王国との第1次シュレスヴィヒ=ホルシュタイン戦争に敗北を帰することになった。当時、軍港を有していなかったプロイセン王国にとって、デンマーク王国による海上封鎖は決定的で、そのため早急に北海沿岸に軍港を建設する必要に迫られていた。
 ところで、海・船・港には疎いホーエンツォレルン家にあって、唯一人これらに精通する王子が現れた。それがアーダルベルト・フォン・プロイセンである。彼の父はフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の弟で、彼自身もその次男であることから、王位継承の可能性は極めて低く、それだけに自由度が高いという立場にあった。

 海・船を好み、船旅をこよなく愛した王子は、この立場を生かしてオランダ・イギリス・ロシア・トルコ・ギリシャ・ブラジル等に出かけている。ここでは、これが単に趣味に終わらなかったということが特記すべき点である。まずは海軍力について、それが戦時だけに限らず、通商・工業発展にとっても重要であることを主張している。さらに彼は、自身の体験から軍港の場所はヤーデ湾の一画にあるヘペンスHeppens以外にはありえないと提言した。現在のように豊富なデータを駆使してコンピュータで導いた結論ではなく、各地を旅した際に磨かれた観察眼によるものであった。この観察眼が並外れたものであることは、21世紀になってコンピュータが証明してくれることになる。これについては後述する。

 そこでプロイセン王国は、1853年にオルデンブルク大公国との間にヤーデ条約を締結し、軍港建設のために313haの土地を獲得した。軍港の建設は、海軍大将でもあった王子に一任され、彼はエンジニアで水利工学の専門家でもあったハーゲンを指名して計画立案にあたらせた。1856年、アーダルベルト王子の従兄にあたるプロイセン王、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世がこの計画を承認している。
 ところで、プロイセン王は軍港の完成を待たずに死去したので、彼の弟であるヴィルヘルム1世の治世となった。後の初代ドイツ皇帝である。ヴィルヘルム1世は、完成したばかりの海のツォレルン港Hafen Zollern am Meer(通称ヘペンス港Hafen Heppens)に自分の名前を付けるように言った。つまり、ヴィルヘルムの港Wilhelmshafenとせよとのことであった。ここまでは、大変めでたい話であった。

 ところが、1869年6月17日、港湾建設総監督のゲーカーが事もあろうに、駐屯地教会の礎石にWilhelmshavenと低地ドイツ語で綴って刻印してしまった。一方、ベルリンでは正式な書類に正書法でWilhelmshafenと記していた。自分の間違いに気付いたゲーカーは、厳罰を覚悟で問い合わせをすると、なんとヴィルヘルム1世からは、低地ドイツ語のままでよいとのお達しがあり、しかも何のお咎めもなかったのである。おまけにベルリンの書類の方を書き変えておくというあまりにも寛大な処置であった。ヴィルヘルム1世の当地における人気は、もちろん急上昇したのである。




海の祭典1の写真2.jpg



アーダルベルト・フォン・プロイセンの銅像

(ヴィルヘルムスハーフェン市の中央駅に近い公園にある)







海の祭典1の写真3.jpg



ヴィルヘルム1世の銅像

(ヴィルヘルムスハーフェン市の中央駅に近い公園にある)



(2)につづく


文学部 史学科 教授 生井澤 幸子




posted by 園遊会 at 12:26| Comment(0) | 祭・祀・政
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