2018年09月13日

光源氏の行方をたどって(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





4.『狭衣物語』と「光源氏」(2)〜光源氏は生きていた〜

 さて、『狭衣物語』における「光源氏」は、すべて、主人公である狭衣が、自分と重ね合わせる場面に登場してきました。では、狭衣というキャラクターは、「『源氏物語』の愛読者」という設定だと考えればいいのでしょうか。

 実は、そうではないのです。いよいよ光源氏の行方をとどってみましょう!

 巻4に、狭衣が蹴鞠を楽しむ場面があります。この部分を見てみましょう。

【本文】
宰相中将を、大将殿、強ひてすすめたまへれば、「若々しきわざかな」とはすまへども、げに、人よりはをかしうなまめかしきさまかたちにて、数もこよなく多くあがるを、大将殿などは、いみじう興じたまうて、「ややもせば、下りたちぬべき心地こそすれ。などて、今しばし若うてあらざりけん」とのたまへば、御簾の中の人々、「まめ人の大将は、おはせずや侍りける」「さらばしも、花の散るも惜しからじ」など、口々、いと立てたてまつらまほしげなるけはひどもなり。「そのいたう屈じたる名ざしこそ、よそへつべかめれど、こよなう見くらべたまはんが、妬ければ」とて、うち笑みたまへる愛敬、花の匂ひよりもこよなうこそ勝りたまへれ。

 花のいたう散りかかるを見たまひて、「桃李先散りて、後なるは深し」と忍びやかに口ずさみたまひて、高欄にをしかかりたまへるまみ・けしき・御声などは、かの「桜を避きて」とて、花の下にやすらひたまへりし御さまを、その折は見しかど、この御ありさま、また類なげにて、何事の折節も見ゆる。



【訳】
宰相中将を、大将殿(=狭衣)は、蹴鞠に出るよう強いておすすめになったので、「若い人のやることでしょう」とはこばんだが、なるほど、他の人よりはすぐれて美しい容姿で、毬の回数もたいそう多く上がるのを、大将殿などは、とても面白がって、「ややもすれば、庭におりたってしまいそうな気持ちがするよ。どうして、もう少し若くなかったのかな」とおっしゃるので、御簾のなかの女房たちは、「『まめ人の大将』は、いなかったでしょうか」「だとすれば桜の散るのも惜しくないでしょう」なとど、口々に、蹴鞠に加わりに立ってほしそうな様子を見せている。狭衣は、「そのぱっとしないアダ名は、ぴったりだろうと思うけれど、彼と見比べられるのも、嫌だからね」といって微笑んでいらっしゃる愛敬は、桜の美しさよりたいそうまさっていらっしゃる。

桜がひどく散りかかっているのをごらんになって、「桃李がまず散り、後になるのは深い」とそっと口ずさみなさって、高欄に寄りかかっておいでの目元、様子、お声などは、かの「桜を避きて」と言って、桜の下で休んでおいでだった様子を、その時は見たが、いまのこのご様子は、また比類ないもので、何かにつけても見えるのだ。



 この場面で狭衣は、「ややもすれば、庭におりたってしまいそうな気持ちがするよ。どうして、もう少し若くなかったのかな」と蹴鞠を傍観することにします。実は、『源氏物語』の若菜上巻に蹴鞠の場面があるのですが、そこで光源氏は夕霧や柏木といった若者たちに向かって、「かばかりの齢にては、あやしく見過ごす、口惜しくおぼえしわざなり(私もお前たちぐらいの歳のときでは、見ているだけで済ませるのを、残念に思っていたものだよ)」と言って蹴鞠への参加を促しています。狭衣の言葉は、明らかにこの光源氏のセリフを意識したものでしょう。

 狭衣は、自分と光源氏を心のなかで重ね合わせるだけでなく、光源氏を意識した発言もしているのです! それに対して、周囲の女房たちは、「『まめ人の大将』は、いなかったでしょうか」と言います。「まめ人の大将」とは、光源氏の息子である夕霧のことです。光源氏であるかのような発言をした狭衣にたいして、女房たちは、夕霧のように蹴鞠に参加してくださいと促すわけです。


 
さて、問題はその次です。ここでの狭衣の様子は、「かの『桜を避きて』と言て、桜の下で休んでおいでだった様子」と比較されています。この、「『桜を避きて』と言って、桜の下で休んで」いたのは、『源氏物語』若菜上巻の柏木です。それを、語り手は、「その折は見しかど(=その時は見たが)」と言っているのです!

この物語の語り手は、柏木を「見た」のです。これはつまり、『源氏物語』という別の物語のなかの出来事が、『狭衣物語』にとっては「過去に実際にあった出来事」になっているということになります!
ということは、狭衣が何度も自分を重ね合わせ、意識した「光源氏」は、「フィクションのなかのキャラクター」なのではなく、「過去に実在した人物」ということになります。光源氏は、『狭衣物語』のなかで生きていたのです。


おわりに

 『狭衣物語』のなかで、「光源氏」は、主人公である狭衣が自分と重ね合わせようとしている人物でした。狭衣は心の中で重ね合わせるだけでなく、意識した発言もしていました。一見すると狭衣は『源氏物語』の愛読者であるかのように見えます。

でも、そうではないのです。見てきたように、『狭衣物語』において「光源氏」は、「過去に実在した人物」になっているのです。
 
 狭衣にとって光源氏は、そうなりたいという憧れの実在人物≠ネのでしょう。ただし、この蹴鞠の場面をよく読むと、狭衣の周囲の人たちは、狭衣を夕霧や柏木と比べています。ということは、狭衣というのは、「光源氏になりたくてもなれない主人公」ともいえますね。

では、逆に、「光源氏」とは何でしょう。

彼は、「『源氏物語』という物語の時間・空間を飛び越え、『狭衣物語』の主人公にあこがれを与えるとともに、決して超えることを許さない主人公」といえるのではないでしょうか。
でもそれは、『狭衣物語』が仕掛けたものです。光源氏は、『狭衣物語』の力によって君臨させられているのです。




文学部 日本文化学科 講師 千野 裕子





 
posted by 園遊会 at 15:01| Comment(0) | 知の旅人
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