2019年05月16日

明治日本における翻訳・翻案 ― イギリス文学を中心に(5)

地域とともに活躍する川村学園女子大学




2.3 社会批判の機能を隠し持つ翻案---ワイルド『悲劇革命婦人』(1911年)


オスカー・ワイルドのVera, or the Nihilists’は1881年に発表された戯曲である。
主人公ヴェラがロシア皇帝暗殺を企てるものの、身分を隠して民衆の中に潜んでいた当の皇帝と恋仲になり、自身の皇帝暗殺という任務と皇帝への愛との間で苦悩する、という筋書きだ。

ワイルドが劇場での戯曲デビューをもくろんだこの戯曲は、実は研究の対象になることが少ない。
ワイルド戯曲集というタイトルで出版される単行本に収録されることも少なく、ワイルド全集の一部として、ようやく掲載されるほどの低い位置づけだ。

相当にマイナーなこの作品を、明治44年(1911年)に内田魯庵が東京朝日新聞紙上で翻訳翻案、連載した。そして、大評判となったのである。講談調にすることで翻案の体裁をとりつつの翻訳で、テンポよく展開するメロドラマ、という印象を与える魯庵の文章からは、原文の無味乾燥な未熟な文体は、まったくと言っていいほどうかがえない。


Plead to Czar! Foolish boy, it is only those who are sentenced to death that ever see our Czar. Besides, what should he care for a voice that pleads for mercy? The cry of a strong nation in its agony has not moved that heart of stone.
(“Vera, or the Nihilists”, p.691)


何ですと、皇帝陛下に哀訴する?貴下も余程なお馬鹿さんだ。皇帝に哀訴したものは皆死刑に處せられて殺されるばかり。第一彼が貴下の哀訴に何で耳を傾けよう。全露西亜国民の呻吟嗚咽にすら平気になってる石のような心持が如何して動かせよう。
(「悲劇革命婦人、p.206」)


英文と異なり、魯庵の文章は読者の情に訴えかけ、畳みかけてくる勢いが感じられる。

魯庵がこの“Vera, or the Nihilists”を選んだのには、実は理由があった。少し長くなるが、ワイルド側の事情から説明する。

1881年にワイルド自身が演出家として上演が決まっていたこの戯曲だが、上演直前に中止の憂き目にあっている。以後、イギリスにおいてこの戯曲が上演された記録はない。上演中止の理由は、当時のイギリス王室からの圧力とする説が有力だ。

1881年前後の社会情勢を確認しよう。
1881年3月にロシアのアレクサンドル2世がアナーキストに暗殺されているが、彼の後を継いで皇位についたアレクサンドル3世の妻と、イギリスのアレクサンドラ皇太子妃は姉妹関係にあった。そのため、妃の心情に配慮して中止の圧力をかけた、という説が有力だ。そして、暗殺といえば、同年7月にアメリカ大統領ガーフィールドの暗殺未遂事件が起きている。大統領は2か月間の闘病をへて9月に亡くなるが、ワイルドが“Vera”の上演を試みた12月という時期は、いまだガーフィールド大統領死去の打撃が大きく残っていた時期と言えよう。    ”Vera”と暗殺は、切っても切れない関係にあるということだ。

魯庵が狙ったのも、この点だ。「悲劇革命婦人」の筋書きは"Vera"とほぼ同じである。だが、この作品を発表した時期に、意義がある。1910年、幸徳秋水首謀といわれる、社会主義者による大逆事件ののち、ジャーナリズムおよび文学作品への検閲が極めて厳しくなった。大逆事件による幸徳秋水らの処刑は一方的で、文化人らの間では同情する論調が強かったことが、日記や随筆からうかがえる。

この状況下で、「皇帝暗殺」をテーマにした「悲劇革命婦人」を堂々と連載した魯庵の意義は明白であり、丸善の木村毅もどきどきしながら新聞連載を読んだ、と回想している。

文体を講談調に変換することで、近松的なメロドラマの様相であることを強調し、検閲を逃れる、という手法だったとも推測できる。つまり、明治政府に対する異議申し立てを、講談調の翻案、というベールをかけた翻訳物で実行に移した、という解釈が可能になってくるのだ。覚悟を決めた翻案、翻訳の傑作と言ってもよいだろう。


3. まとめ

翻訳、翻案というメディアは、近代化し始めたばかりの明治期の日本にとっては、欧米列強の社会制度や文化を知るためのツールであったことは容易に理解できる。だが、この翻訳、翻案を巧みに用いて、自らの主義主張・社会批判の機能を併せ持つ、複雑な装置にまで仕上げていったのは、明治時代の文筆家たちの新時代へかける情熱のなせる業だったのではないだろうか。


参考文献
Burnett, Frances Hodgson. Little Lord Fauntleroy. 1886, Oxford University Press, 1993
Holland, Merlin. ed. Collins Complete Works of Oscar Wilde. HarperCollins, 2003
Smiles, Samuel. Self-Help. 1866 [1859], Oxford University Press, 2002
川戸道昭、榊原貴教編 『明治翻訳文学全集≪新聞雑誌編≫10 ワイルド集』大空社、
1996年
スマイルズ、サミュエル 『西国立志編』 中村正直訳、講談社、2013年(1981)
バアネット 『小公子』 若松賤子訳、岩波書店、2017年(1927、1939)
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鴻巣友季子 『明治大正 翻訳ワンダーランド』新潮社、2005年
高橋修 『明治の翻訳ディスクール---坪内逍遥・森田思軒・若松賤子』ひつじ書房、
2015年
松沢裕作 『生きずらい明治社会 不安と競争の時代』岩波ジュニア新書、2018


文学部 国際英語学科 准教授 小泉朝子





posted by 園遊会 at 10:10| Comment(0) | 明治維新150年
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