2014年05月15日

日本画っておもしろい(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





(3)私の制作方法と作品



 さて日本画についてごく簡単に解説してきましたが、ここで私の作品制作についてご紹介したいと思います。

私の作品は制作方法が変わっていてこれを何と呼ぶかは別として、日本画から非常にたくさんの事を学び、
それを生かそうとしてきました。



竹内作品1.jpg




 
新潟県沖ノ原遺跡での制作     林の付近には縄文時代から使われている水源がある。





 私は作品を完成するまですべて屋外で制作しています。まず和紙や絹を地面に敷きます。

その土地の光、空の色、吹いている風、山、木、雲の流れなどを確かめるようにあるいは自分を溶かし込むように、
溶いた絵の具を即興的に乗せていきます。

じっと見つめること、絵の具を溶くこと、刷毛や筆を動かすことすべてが音楽を演奏するような一連の流れになって
いきます。

そして、もうできることはやったと思えた時、静かの画面に手を加えるのをやめ、その現場で一晩から丸一日、
自然に絵の具が乾くのを待ちます。

水分が蒸発して空に帰っていく間に、絵の具の粒子は画面の(その土地の)起伏に沿って微小な川を作って流れ、
これまた小さな湖に流れ込んだような痕跡を残して固定されます。



作品2.jpg







 可能な場合はその土地で土や岩石を採取します。簡略化した方法ではありますが絵の具を自作して制作に
使うこともあります。

現場の土でできた絵の具を使って制作すればより作品と土地との結びつきが強くなります。

 時には雨にあたって絵の具が洗い流されてしまう事もあります。文字通り自然の作用に委ねて出来上がるので、
私の作品はある意味で自然との共同作業の結果と言えると思っています。

一番よく制作する場所は埼玉県で友人と耕作している田んぼの脇ですが、最近は縁あっていくつかの縄文遺跡でも
制作させて頂いています。

いにしえの人と同じ場所から同じ山や空を眺めて制作していると、大地に立っている自分だけではなく、
そこにかつてその土地に関わった多くの人の歴史が横たわっていることを感じます。

彼らはこの景色をみて何をおもっていたのでしょうか。縄文時代は1万年を越えると言われています。

東日本大震災をはさんで岩手県の遺跡で制作させて頂きましたが、明らかに制作する側の気持ちが変わりました。

他の文明と違い、環境を破壊せず同じ土地に500年、1000年と生活し文化を継承し続けることのできた縄文時代の
自然との関わり方には学ぶべき点が多いと思います。そしてそれは完全に失われてしまったのではなく、
縄文以降の日本画を含めた日本文化の基底に姿を変えて息づいているのではないでしょうか。




作品3.jpg




乾燥中の作品





作品4.jpg





「沖ノ原 PM5:35 22/AUG 2008」 楮紙、岩絵の具、水干、アクリル、土、水 (200×342cm)







作品5.jpg




「湯舟沢PM6:30 20/MAY 2010」 綿布、水干、アクリル、金箔、土、水  (187×292cm)







作品6.jpg




「大満 PM5:22 8/FEB 2010」 綿布、水干、墨、アクリル、金箔、土、水 (188×320cm)







作品7.jpg




岩手県御所野遺跡での制作    後方に土屋根の復元住居が見える。






作品8.jpg




「御所野 PM6:15 10/SEP 2010」 絹本、水干、アクリル、金箔、土、水 (187×340cm)







作品9.jpg




「御所野 AM7:02 23/0CT 2011」絹本、岩絵の具、金箔、アクリル、墨、土、水 (200×540cm)







作品10.jpg




「大満 PM6:12 20/AUG 2012」 絹本、水干、金箔、アクリル、土、水  (135×188cm)






教育学部 幼児教育学科 准教授 竹内 啓




posted by 園遊会 at 11:42| Comment(0) | シリーズ「東と西の物語」
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。