2013年08月26日

新種化石発見とその命名(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



新種化石発見!





新種発見報告 −同定と文献−

 採集した際に割れてしまったDouvilleiceras属のアンモナイト標本を大学の実習室で木工用ボンドを使い、
元のノジュールに復元しました。完全にボンドが固結した後に、エアースクライバー(圧縮空気で岩石を削る
ペンシル型の機器)を使い、慎重に化石の周りについている不要な岩石を取り除きます。こうした作業を
クリーニング(剖出作業)と呼んでいます。

これでやっと化石の名前(学名)を調べることができるようになります。この名前を形態の特徴などから決めることを
生物学や古生物学などの自然誌では、鑑定とは呼ばずに「同定」といいます。ここから狭義の分類学の調査・研究の
始まりとなる訳です。


化石last.jpg



 Douvilleiceras属は、白亜紀前期の前期アルビアン期の後期から中期アルビアン期の前期(約1億1千万年前)に
汎世界的に分布していたいわゆる示準化石(学問的に正確には示帯化石といいます)で、古くからヨーロッパで
よく研究された種類です。

そこで、この同定作業では、アンモナイトを記載した古い文献(19世紀前〜中期頃に新種として記載・報告された文献)に
当たる必要があります。特に、フランスのドォービニー(A. d’Orbigny)のモノグラフ(1840-1842年)や
イギリスのケーシー(R. Casey)のモノグラフ(1960-1980)は、Douvilleiceras属種がまとまって記載されており、
同定する上で有用でした(図10、11)。

しかし、今回、得られた標本は、ヨーロッパで良く産出するDouvilleiceras orbignyi Hyatt(図12)という種に
殻装飾が良く似ているのですが、イボの数が異なることに気付きました。つまり、調査で得られた標本は、
側面のイボ数が6ですが、ヨーロッパのものは7あるのです。

その後、あらゆる文献に当たりましたが、6コ有ることを記述した論文はありませんでした。

こうした文献をしらみつぶしにチェックすることは、新種として報告する上でICZNによる先取権の問題が出てくるからです
(当然ですが、すでに報告・記載されていれば、新種として報告できません)。



化石last5.jpg




2003年に私は学術雑誌にこの資料を基に、新種として記載報告をしました。その時の学名は、
Douvilleiceras kawashitai sp. nov.(図13)として、発見した人の名(川下 由太郎氏)を種名に
付けております(sp. nov.とは新種という意味)。

なお、この時の論文には、同時に運良くもう一つ別標本が新種であることが判明し、
Douvilleiceras compressum sp. nov.(compressumとは殻がやせているという意味)で、殻の形態の特徴から
名前を付けております。このような例のほかに、化石では産出した地名が良くつけられ、最も有名なのは、
Nipponites mirabilis Yabe, 1904(図14)という「日本」という地名が属名に付けられており、
世界的に良く知られた異常巻のアンモナイトがあります。変わった形をしていますね!



化石last4.jpg




このように、化石では、発見者や研究者の人名が付けられる他に、形態の特徴や産出地の地名が名前(学名)に
付けられるのが一般的です。(ただし、著者が学名:属種名に自分の名前を付けることはできません)。

なお、アンモナイトは、恐竜(例えば、学名:Diplodocidae? gen. et sp. indet.
(ディプロドクス科に含まれる可能性があるが、属と種は同定できないという意味);和名:モシリュウ )や首長竜
(例えば、学名:Futabasaurus suzukii Sato, Hasegawa and Manabe、2006;和名:フタバスズキリュウ)などと違って、
和名が付けられたことはありません。

このことは、見方を変えれば、日本人の生活の中で、アンモナイトがあまり興味の対象になっていないことの
表れなのでしょうか?

なお、参考までにアンモナイトの別称は、漢字で「菊(きく)石(いし)」と表しますが、今はあまり使われないようです。

なぜ、菊石と呼ぶのでしょうか?調べてみて下さい!

最後に一言:
化石発見の嬉しさは、筆舌に尽し難い感動があります。

みなさんも是非、野外で化石採集を楽しんで、新種発見にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。



教育学部 社会教育学科 教授 二上政夫





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2013年08月19日

新種化石発見とその命名(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





新種化石発見!



新種発見物語 −経験と運−


札幌から東へ約60km離れたところに、三笠市というかつて炭鉱で栄えた街があります。
この街を流れる幾(いく)春(しゅん)別(べつ)川(がわ)の上流には、桂沢(かつらざわ)湖(こ)(北海道で
最初に造られた多目的ダムによってできた湖)があり、その周辺は、古くから地質や化石の研究が行なわれ、
特にアンモナイトを研究する人であれば、誰でも知っており、一度は訪れるほど有名な地域です。

私は、新たなダム建設に伴い、1989年から10年以上にわたってここの湖周辺地域の白亜系の調査をしてきました
(図6、7)。





化石3.JPG






1994年9月の調査の際に新種の化石(アンモナイト)が発見され、その時の化石調査の一コマが『三笠市立博物館
年報 第13号』に掲載されています。以下にその一部を紹介します。




『9月4日(日)、快晴。午前9時、調査補助の嶋貫年男・川下由太郎(故人・ハンター兼)両氏と共に、
幾春別川支流の奔(ぽん)別(べつ)川(がわ)のかねてから気になっていた小さな枝沢に入る。私はルートマップ
(地質や化石の調査記録)を作成しながら上流へと足を進める。前方では姿は見えないが、嶋貫氏が初秋とはいえ、
沢を覆い隠すばかりに生い茂った草を刈ってくれており、時々、大型ハンマーで川床の転石(岩盤から風化などに
よってはずされて川の中に転がっているノジュールなどのことを指す)や露頭に挟在されるノジュールをたたく音が
「カーン、カーン」と沢に響く。私のすぐ前では川下氏がご自慢のライフル銃を肩に重くくい込ませながら、
小さなハンマーでノジュールをたたいている。いつもながら、調査はこうした場面の繰り返しである。
沢を登り、すでに3時間以上過ぎた頃であろうか。奔別川支流の枝沢では地層が立っているせいか、大小様々の
滝に出くわすが、ちょうど、小さななめている滝にさしかかった時であった。川下氏が径15cmほどのノジュールを
たたいていた。「おーい、おーい」と私を呼んだ。「化石が何か入っているようだが、暗くてよく見えん。
先生、ちょっと見てくれ。最近は、目が悪くなって、こまいものが見えにくくなった」と例のごとく冗談まじりに
言う。そこは、トンネルのように空を覆い隠すほどに草木が茂っており、確かに暗い。私が近寄って見ると、
ノジュールの割られた破断面に茶色の殻らしい化石の断面が曲線となって見える。さらに目を凝らしてみると、
ほんの僅か“イボ”のようなところがぽつぽつと見えた。「あっ、これは、もしかしたら」といった予感が脳裏を
よぎった。私は泥岩の露頭にくいいって、なめるようにノジュールの割られてあいた穴を見た。まだ、一部が露頭に
残されている。その穴の周辺にも破片が散在している。私はノジュールの破片を必死になって掻き集めたが、
残念ながら、少し足りない。しかし、どうにか元の丸いノジュールに組み合わせることができた。
再度、私の手の上に組まれて復元されたノジュールに目を凝らした。「いやー、川下さん、これは大発見だ」と
私は声をはずませた。』

 



化石3−2.JPG






以上が、化石発見の一コマですが、この調査の目的の一つに日本では珍しいDouvilleiceras属のアンモナイト
(示帯化石種の一つ:地層の地質年代を決定するのに重要な種類)を直接、露頭から採取することでしたので
(私の研究室にこれまでに採集されたDouvilleiceras属の標本は7つありましたが、全てが転石)、つい「大発見だ!」という
言葉がでてしまいました。

したがって、この採集時点では、そのアンモナイトが、新種というおまけが付くとは夢にも思っていませんでした。




4)につづく


教育学部 社会教育学科 教授 二上 政夫




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2013年08月10日

新種化石発見とその命名(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



新種の化石発見!



野外調査 −感動と恐怖−

 野外調査に際しては、私は次のようなものを準備して山に入ります。少し大きめのリュックサック(時には背負子)、
大型ハンマー(3〜5kg)、小型ハンマー(1kg)、タガネ、クリノメーター(地層を測る器具)、調査バック、野帳、カメラ、
新聞紙(化石を包むため)、大型の鈴(熊避けのため)など。


さて、調査地ですが、北海道のほぼ中央部には、南北に細長く(浦河から宗谷岬まで:日高山脈、夕張山地、天塩山地
などの山間部が中心)中生代白亜紀に主として浅い海に堆積した蝦夷層群(えぞそうぐん)(およそ1億2千万年〜
7千万年前)という地層が分布しています。私はここを研究のフィールドとしています。

この地層からは、アンモナイト(図2)を始めとして、二枚貝、巻貝、魚、エビ、ウニなど多種多様な海生生物の
保存状態の良い化石が見い出されます。

また、極めて希ですが、海に住んでいた首長竜や陸に住んでいた恐竜の化石も見つけられたことがあります。

なお、北海道はアンモナイトの産地として、世界的に知られています。


 私にとって、この北海道で化石の野外調査をすることは、最大の楽しみでありますが、その反面、苦しみでもあります。



化石 図2、図3.jpg






 ここでは、約5千万年間の生物の出現や絶滅の様子を垣間見ることができ、本題である新種の化石を発見することも
けして珍しい事ではありません。ハンマーでノジュール(化石の入っている白っぽい玉石のような塊)(図3)を割った
瞬間に、1億年前の生物が再び“呼吸”をするかと思うとその時のわくわく感は言葉で表すことができない程の感動が
あります。

時に大きさが50cmを越えるような(重さも50kgを超えます)アンモナイトを山奥で見つけると、「やった!」という思いが
湧き上がります。それと同時に、どうやって道路まで運ぼうかと悩みますが、結局、背負って運ぶしかありません。

斜面を這いつくばったりすることもあり、大きなアンモナイトを背中に背負ったその格好は「蝸牛(かたつむり)」状態に。

かっこ悪いですよね!


 一方、こうしたアンモナイト産地は、ヒグマの生息地と重なっています。調査中にヒグマの糞や足跡など(図4、5)を
みると、恐怖が体中を走り回ります。この恐怖心は、実話を基にしたドキュメンタリー小説『羆(くま)嵐(あらし)』
(吉村 昭 著)を以前に読んだことに起因しているのかもしれません。



図4,5again 2.jpg






 私の40年間の調査の中で、至近距離(5m位離れたところ)でヒグマと出くわしたことが一度だけあります。
その瞬間は、心臓が口から出そうになるとは言いますが、正にその状態。

その時の尋常ではない心臓の鼓動の高まりは、私の脳裏から今も離れません。

その時、熊と私は、お互いに驚いて反対方向?に走ったものと思います。実は熊はどうしたのか、
必死のあまり記憶にありません。この時ばかりは事故にならず、極めて運が良かったと今でも感じています。


なお、北海道のアンモナイト産地の多くは、国有林の中にあります。

入山する場合は、事前に森林管理署の入山許可を必ず得る必要がありますので、注意して下さい。




(3)につづく


教育学部 社会教育学科 教授 二上政夫




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2013年07月31日

新種の化石発見とその命名

地域とともに活躍する川村学園女子大学





新種の化石発見!−名前はどうやって付けるの?−



生物の名前と分類学 −学名と和名−



 私たち「ヒト」は、地球にいる生物に限らず、宇宙のありとあらゆる「もの」に対して、名前を付けたがる生き物です。
事実、みなさんの身の周りにあるものについては、それぞれ固有名詞がつけられ、ものを区別しながら生活をしている
ことと思います。しかし、私のように、年をとってくると、「あれ」とか「それ」とか「これ」とか、その固有名詞が直には
でてこなく、代名詞で済ましてしまう場合がありますが!


 さて、星の世界では、世界中のアマチュア天文家が日夜望遠鏡を覗きながら、新しい星を探していることを耳にします。
私が子供の頃に、彗星発見の話しを学校で聞かされた記憶があります。これが「池谷関彗星:C/1965 S1 (Ikeya-Seki)」
でした。これは、池谷さんと関さんが違った場所で同時に彗星を発見したために、このように呼ばれていることを御存知
の方も多いかと思います。したがって、この場合は、発見者の名前が“星”に付けられた訳です。

このようなことでも分かるように、ものに名前を付けるときには、それぞれ何らかの意味が込められて付けられています。


ところで、生物の名前はどのように付けられるのでしょうか。


実は、名前の付け方には、厄介なルールがあります。このルールは、動物の場合、「国際動物命名規約」
(International Code of Zoological Nomenclature:略してICZNと表記)です。

この規約による名前の付け方は、18世紀にスウェーデンの生物学者リンネ(Carl von Linné;
ラテン語名でCarolus Linnaeus)(図1)により提唱された二名式命名法(二名法ともいう)が用いられ、
属名(generic name)と種名(specific name)、その後に最初に新種として発表した人の名とその発表された西暦年号で
記すことが国際的に決められていることです。



リンネの肖像画.jpg



その際の属種名はラテン語化した文字表記をイタリック(斜体)で表わすことになっています。
また、その適用は1758年1月1日からとされています。したがって、この年以前に付けられた名前は、
全て無効になるわけです。このルールに基づいて、例えば、犬は、Canis familiaris Linnaeus, 1758、
猫は、Felis catus Linnaeus, 1758といった具合に表しますが、命名者名や年号は時々省略されることがあります
(ただし、命名者と年号を付けるかどうかは、ICZNでは任意とされ、学名の一部ではありません)。
これが学名(scientific name)と呼ばれるものです。したがって、学名は世界共通の生物名であるということができます。



この学名の二名法は、私たちの名前、つまり、姓と名で作られていることとに似ていますね!



 しかし、私たち日本人は、欧米人と違って、ラテン語化した学名、すなわち、アルファベットで示された語句が、
習慣的に生活の中で馴染まないことから、上述の学名に対して対になる日本語の和名が付けられます
(ただし、和名をつけるかどうかはその分野での慣行で、付けないことも良くあります)。
和名は、当然日本国内だけで通用する生物分類の専門的に近い名前で、慣例として、カタカナ表記をすることで、
一般的な固有名詞と視覚的に区別しています(上述したように、学名はイタリック表記にすることで区別)。
したがって、分類学的に言えば、「犬」と「イヌ」は違うのです。また、「犬」は英語名で「dog」、フランス語で「chien」、
ドイツ語で「Hund」といった具合に,それぞれ異なった言語圏の名称で呼ばれています。

このようなICZNの規約にとらわれない和名を含めたこうした“地方名称”は、すべて俗名(vernacular name)と
いうことになります。


 なお、化石の学名はこの現生生物の命名規約に準じて、名前を付けることになっています。




現生種と化石種 −種とは何か−


 生物や化石に名前を付けるときに、基本的な考えとして「種とはなにか?」ということが重要な命題になります。
このことを抜きにして名前を付けることはできません。なぜならば、名前は生物の種類(種)に付ける訳ですから。

現在、生きている生物の種の考え方(生物学的種概念)は、1942年にドイツ人のマイヤー(E. Mayr)によって
「種は、相互に生殖的に隔離されており、実際にあるいは潜在的に相互の間で交配が可能な自然集団の全群」であると
指摘されています。すなわち、種とは、交配して子孫が残せるかどうかということが最も重要な要素であることを
表したものと解釈できます。


 ところが、化石の場合、発見される多くの生物の遺骸(硬組織や軟組織)が石、つまり、鉱物によって置換されて
います。運よく生殖器官が見つかっても、現実的に交配することは、不可能です。したがって、化石を基にして、
子孫を作り出すことはできないのです。こうしたことから、化石の種とは、個体群の変異を考慮しながら、
生物の形の不連続性を基にして、種を認定するほかありません。

このような種のことを「形態種」(morphospecies)または、リネー種(linnean species)と呼びますが、
化石は正にこうした種なのです。つまり、極論を言えば、形質の違いが種の違いとなるわけです。




(2)につづく




教育学部 社会教育学科 教授 二上政夫





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2012年07月04日

羽毛の生えた恐竜の化石(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



あなたのそばで恐竜の化石が見つかる!?




4.千葉県から恐竜発見の可能性は?


 私が所属している大学は、千葉県我孫子市にあります。千葉県の地質は、恐竜時代(中生代)よりも新しい時代の新生代(6500万年前以降)の第三紀ないし第四紀につくられた地層から概ね構成されています。しかし、最東端に位置する銚子地域には、今回、中国で見つかった羽毛恐竜とまったく同じ時代(約1億2500万年前)にできた地層が見られます。

この地層は、犬吠埼の灯台を中心に、北側は君ヶ浜から海鹿島(あしかじま)を通って黒生(くろはえ)の海岸まで、そして、南側は酉明浦(とりあけうら)から長崎鼻(ながさきはな)を通って戸川(とがわ)まで、海岸沿いに露出しています。主に浅い海に堆積した砂岩、泥岩、砂岩泥岩互層からできており、銚子層群と呼ばれています(図6)。この銚子層群からは、アンモナイト、オウムガイ、ベレムナイト、二枚貝、巻貝などの化石が産出しますが、数はあまり多くありません。


図の6恐竜.jpg


 
さて、恐竜の化石ですが、残念ながら、今日まで千葉県からの産出報告はありません。しかし、千葉県から恐竜の化石が出るとすれば、この銚子地域しか考えられません。

今回の中国遼寧省のように、世界的に有名な恐竜の産地は、かつて湖や沼、河川などの環境だったところです。こうした陸で形成された地層は陸成層と呼ばれますが、恐竜の化石はこのような地層からよく産出します。
銚子層群は海成層ですが、私はその時代や堆積された当時の環境から考えて、今回のような羽毛恐竜の産出とまで言いませんが、恐竜の痕跡は見つかる可能性が大いにあると考えています。

かつて、サハリン(旧樺太)からは、鳥脚類の「ニッポノサウルス・サハリネンシス」というほぼ完全骨格の個体や北海道から産出した曲竜類の「ノドサウルス」に属する頭骨の化石は、アンモナイトや二枚貝を含む海成層から産出しています。このように日本で見つかる恐竜のいくつかは、陸に棲んでいた恐竜が川の水などによって海に運ばれて化石になったケースです。銚子でも同様なことが十分に考えられますので、ぜひ、恐竜発見にチャレンジしてみて下さい。

なお、犬吠埼灯台周辺だけは、国の天然記念物「犬吠埼の白亜紀浅海堆積物」として指定されていますので、岩石・化石等の採集は禁じられています(図7)。




図7恐竜.jpg





図の説明版に記述されている指定地内では、露頭表面での観察に止めて、もし、恐竜等の化石を発見した場合には、 大学や博物館などに連絡をとって下さいね!


※注 露頭・・・表土に覆われずに地表に露出している地層や火成岩体の一部,または地表に露出している鉱床のこと




教育学部 社会教育学科 教授 二上 政夫




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2012年06月27日

羽毛を持つ恐竜の化石(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



恐竜は、哺乳類に近い?!



3.恐竜は変温動物か、それとも恒温動物か?


 
 現在生きている脊椎動物は、哺乳類と鳥類を除いて、周りの温度によって体温が変動する変温(冷血)動物です。
爬虫類である恐竜は変温動物なのでしょうか。


この問題を解決する一つとして、骨の構造を挙げることができます。


 
恐竜の骨の内部構造を調べてみると、哺乳類や鳥類と同様にその骨に無数の血管が入り込みぎっしりと詰っています。
さらに、骨と血管との間でカルシウムのやりとりを調節するハバース管が密になっています(図3B)。

これに対して、トカゲなどの爬虫類では骨の血管がまばらであり、ハバース管も哺乳類より少なくなっています(図3C)。



図3 骨の内部構造.jpg


図3 解説.jpg



いい換えれば、哺乳類や鳥類のような活発に活動する動物は生理的なつくりにも優れており、
そのことが骨のこうした細かい構造にあらわれていると考えられます。
なお、例外として、爬虫類のある種のカメには、たくさんのハバース管を持つことが報告されています。

 したがって、今回のように羽毛を持つことや骨の内部構造などから考えると、
恐竜は、変温動物である爬虫類のトカゲ・ヘビや両生類のカエルなどとは異なり、
哺乳類であるヒトや鳥類であるトキやツルなどと同様な恒温(温血)動物であったと考えられます。


恐竜は、分類学的に爬虫類に含まれますが、その生態(例えば、餌の摂取量、運動能力、子育てなど)は
哺乳類や鳥類に近かったのかもしれません。

 
こうしたことは自然史博物館での恐竜の展示にも反映され、
かつては獣脚類恐竜の展示はいわゆる“ゴジラ型”(図4)でしたが、
最近の展示は“天秤型”(図5)として復元されることが多くなっています。




図4と5.jpg






(4)につづく


教育学部 社会教育学科  教授 二上政夫
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2012年06月25日

羽毛の生えた恐竜(2)

2.羽毛を持つ恐竜は飛べたのか?


 中生代三畳紀後期になると、爬虫類の発展(適応放散)は著しく、翼竜のように大空に初めて進出した脊椎動物が出現しています。また、羽をもった鳥類の先祖と考えられている始祖鳥は、ドイツのジュラ紀後期の地層から見つかっています。


  それでは、羽毛恐竜は果たして飛べたのかという問題について、考えてみます。

 
 まず、羽毛の起源ですが、私たちの歯が魚の鱗が変化して形成されたのと同様に、羽毛も爬虫類の鱗から派生されたものと考えられています。このことは、羽毛が最初から飛ぶために創られた形質ではないことを現しています。それが証拠に、羽毛恐竜の多くは前肢が小さく、翼状に発達していないこと、鳥類にみられる飛翔筋(ひしょうきん)が付着すべき骨組み(胸骨の竜骨(りゅうこつ)突起(とっき))でないことで、間違いなく羽毛恐竜は飛べなかったと考えられます。

 
 それでは、羽は何のために創られたのでしょうか。それは、恐竜の体温を保持するためであると考えられています。つまり、体温が失われやすい鱗より羽毛の方が体温保持で効率が高いためです。このことは、敏捷性や持続性など、より高い運動能力を羽毛で獲得することによって、二足歩行の肉食恐竜(獣脚類)が、かれらの獲物である羽毛を獲得しなかった草食恐竜に対し、生理的に優位に立ったのかもしれません。

 
 なお、現在の鳥は、ジュラ紀後期にこうした羽毛恐竜を含む獣脚類から進化した子孫であると考えられています。恐竜から鳥類への羽ばたいて飛ぶ能力の獲得は、「走行性のものから飛翔性を得た」「樹上生活から飛行生活へ」「水中潜行性から空中生活へ」など様々に考えられています。



(3)につづく



教育学部 社会教育学科 教授 二上政夫




         
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2012年06月20日

羽毛の生えた恐竜の化石

地域とともに活躍する川村学園女子大学



恐竜に羽毛!?


羽毛を持つ新種ティラノサウルスの登場


【羽毛の生えた恐竜の化石】


1.羽毛恐竜の発見

 スピルバーグの映画『ジュラシック・パーク』で凶暴な立ち回りを演じ、一躍世界的スターとなった巨大肉食恐竜のティラノサウルスは、その仲間が羽毛を持っていたことがわかりました。

  英科学誌「nature, vol.484, no.7392(ネイチャー 2012年4月5日号)」に掲載された羽毛恐竜は、中国科学院の研究チームによって中国北東部・遼寧省の中生代白亜紀前期(約1億2500万年前)の地層から発見され、獣脚類(ケモノ竜)のティラノサウルス類に属する新種の恐竜であることがわかりました。その大きさは全長約9メートル、体重約1.4トンと推定され、 「美しい羽毛を持つ王」という意味の学名「Yutyrannus huali:ユティラヌス・フアリ」と命名されました。

 それでは、この「美しい羽毛を持つ王」は、科学的にどのような発見なのでしょうか。

 実は、1996年に最初の羽毛恐竜が中国で発見されて以来、これまでにも、遼寧省などから獣脚類(二足歩行の肉食恐竜)に属する羽毛恐竜の化石が多数発見されています。しかし、その大きさは体長が数10センチメートルから2メートル程の小さな恐竜でした。こうしたことから、羽毛を持つ恐竜は獣脚類の中で小型恐竜に限られた特徴の一つと考えられてきましたが、それが10メートル近い大型の恐竜も羽毛で覆われていたことは、大発見であるとともに,大きな驚きでした(図1)。




図1 大型獣脚類.jpg


  なお、現在までに発見されている羽毛恐竜は、獣脚類だけで他の恐竜グループである竜脚類、鳥脚類、剣竜類、角竜類、曲竜類からは発見されていません(図2)。また、アメリカなどで発見された鳥脚類の“恐竜のミイラ”化石は、羽毛や鱗ではなくワニに似たモザイク状の硬い表皮によって構成されていたことが分かっています。





図2恐竜の分類.jpg



(2)につづく             

社会教育学科  教授 二上政夫




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