2013年12月06日

TOKYO 2020 (4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





7年後への課題



 最終投票では,まず,マドリードが脱落。財政面やドーピング問題などが最後まで影響しました。
また,最終プレゼンテーションでの「上から目線」の演説は,IOC委員の反感をかったと思われます。
 東京との決選投票で敗れたイスタンブールは,ドーピング問題に加えて,隣国シリアの情勢が致命的でした。

 こうして,東京都が2020年の夏季オリンピックの開催地に決定したのです。

 さて,これからの7年間


 「東日本大震災からの復興を成し遂げた日本の姿を世界に発信し,最高のおもてなしで
日本のすばらしさを感じてもらう絶好の機会だ。しっかりと支援していく」。

 
2013(平成25)年9月11日の東京招致に関する閣僚会議で,安倍晋三首相はこう述べました。

 今後,7年後に向けた施策の検討が関係機関で本格化すると思われますが,行政面でも選手強化の面でも,
課題は山積しています。


 行政面では,まず,スポーツ庁の設置をどうするのかを検討しなければいけません。

また,半径8キロメートル以内に競技施設の8割を配置する「コンパクト五輪」ゆえに懸念される渋滞問題。
必要とされる8万人もの大会運営を支えるボランティアの確保と育成も大きな課題です。


 一方,選手の強化については,文部科学省が2013年8月に公表した「2020ターゲットエイジ育成・
強化プロジェクト」が動き出します。2020年大会の主軸となる23〜27歳から逆算して,現在16〜20歳を
「ターゲットエイジ(照準年代)」と設定。人材発掘や選手強化を手厚く支援する仕組みです。


 文部科学省やJOCは,金メダル数の目標として,世界3〜5位に相当する25〜30個を掲げています。
しかし,選手の育成は,計算どおりにいかない難しさがあり,また,過剰な「メダル主義」は,
勝利至上主義強化という危険性と表裏一体であることを忘れてはいけません。


 さらに,もうひとつ

 7年後のオリンピックは,「震災復興」をテーマに掲げています。最終プレゼンテーションで,
安倍首相はこう述べました。


 「(福島の)状況はコントロールされている」

 「汚染水は福島第一原発の0.3平方キロメートルの湾岸内に完全にブロックされている。」

 この発言に違和感を感じた日本人は少なくなかったのではないでしょうか。

 しかし,言い切ったからには実現(安倍首相の解釈であれば「維持」)してもらわなくては困ります。
安倍首相の発言は,「世界公約」です。できなかったでは済まされない問題です。

 7年後,原発問題や震災から完全に復興した姿を見てもらい,支援への感謝を笑顔で伝えられる,
そんな開会式を迎えたいと思います。


 2011年4月2日,東日本大震災の復興支援のために行われたプロ野球慈善試合のセレモニー。

 楽天イーグルスの嶋基宏選手がスピーチを行いました。

「見せましょう,野球の底力を。]

 「こんなときに野球なんて」という声のなか,「こんなときだからこそ野球を」という強い気持ちがこもっていました。

 楽天イーグルスの活躍に,一時でも震災のつらさを忘れ,こころ癒やされた人も多かったはずです。
(優勝,おめでとう!)

 「こんなときだからこそスポーツを」

 「こんなときだからこそオリンピックを」

 スポーツの力を信じてみようと思いませんか。




2020.jpg



(常名峰生氏撮影・提供)



教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹






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2013年11月22日

TOKYO 2020 (3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





立候補都市の顔ぶれ


イスタンブール

 イスタンブールは,これまで2000年から2012年までの夏季オリンピックに,4大会連続で立候補して
いましたが,すべて落選。今回で5度目の挑戦です。

 近年のトルコ経済の順調な発展により,競技会場の建設,インフラの整備が急速に進んだことに加え,
国民(市民)からの高い支持などが評価されています。

 また,「BRIDGE TOGETHER(ともに橋を架けよう)」というイスタンブールが掲げたスローガンは,
ボスポラス海峡をはさんでアジアと欧州にまたがる地理的特徴を生かした,東西の文化と未来をもつなぐ
オリンピックを強調しています。

 「イスラム圏初」に加え「初の2大陸同時開催」という明確な大会理念が強みです。

 反面,激しい交通渋滞が予想され,また,隣国シリアの内戦も気がかりなところです。



マドリード
 マドリードは,2012年と2016年の大会に2大会連続で立候補しましたが,惜しくも落選。
今回で3大会連続の立候補です(それ以前にも,1924年,1936年,1972年に立候補)。

 債務危機による深刻な経済状況で,新設する会場の建設費やスポンサーの獲得などに影響が出かねない
との指摘があるなか,今回は「スマート五輪」をテーマに掲げ,ほとんどの競技施設がすでに建設済みである
ことをアピールしています。

 また,IOC委員の過半数近くをヨーロッパ出身の委員が占めているため,マドリードは一定の票を確保できる
のではとの見方もあり,マドリードを「最有力」とする声も聞かれました。



東京都

 オリンピック招致の海外向けスローガンは,「Discover Tomorrow(未来をつかもう)」。
国内向けスローガンは,「今,ニッポンにはこの夢の力が必要だ」に決まりました。

 東京都は,2016年大会立候補の際に指摘された,「メインスタジアムの新設」,「メインスタジアム周辺の
交通インフラ」,「選手村の広さ」,「国民の支持率」という4つの課題を解決する,新たな大会構想を
考える必要がありました。

 このうち,「国民の支持率」を除く3つの課題については,1964年の東京オリンピックのメインスタジアムと
なった国立競技場(正式には,国立霞ヶ丘競技場)を改築して使用することで解決しました。

 2016年の計画では,メイン会場となるオリンピックスタジアムを,晴海に新設する予定でした。

これは,現在の国立競技場が,老朽化のため改修工事をする必要があることと,陸上競技の規則
(例えば,レーンの数。規則では9レーン必要だが国立は広さの関係で8レーンまでしかない)を
満たすことができないなど,オリンピックスタジアムとしては使用できないという理由からでした
(2016年の計画では,サッカー会場としてのみ使用)。


 そのほかにも東京都としては,都市整備などの思惑もあったのでしょうが,いずれにしても2020年大会の
構想では,現在の国立競技場とその周辺も敷地にして,新しい国立競技場を建設する計画を決定しました。
新しい国立競技場は,2019(平成31)年3月に完成予定です。

 既存の施設を立て替えて使用することで,メインスタジアムの新設という課題は解決しました。
また,晴海案では,スタジアム近辺にひとつしか駅がなく,「交通インフラ」という課題をあげられて
いましたが,国立競技場周辺には多数の駅があるため,この課題も解決。

 さらに,2016年の計画では,有明に31ヘクタールの選手村を計画していたのですが,
リオデジャネイロの75ヘクタールと比較されて「狭い」と指摘されました。
しかし,晴海のスタジアム建設予定地(44ヘクタール)に選手村を建設することで,十分な広さを
確保することができ,この課題も解決。

 残るは「国民の支持率」という大きな課題です。

 震災からの復興もいっこうに進まず,「こんなときに・・・」という声は,根強く残っています。

 しかし,あることをきっかけに支持率が上がっていったのです。

 2012(平成24)年に開催されたロンドンオリンピック。

このブログでも取り上げましたが,みなさんの記憶にも新しいのではないでしょうか。

 大会が終わって1週間が経った8月20日。メダリストたちの凱旋パレードが東京・銀座で行われ,
炎天下のなか50万人(主催者発表)が詰めかけました(そのときの模様はこちらから)。

 この凱旋パレードこそ,世論がオリンピック招致に前向きになったターニングポイントだと,
筆者は考えます。東京でオリンピックのあの感動を味わいたい,選手たちの姿を目撃したいという機運が
徐々に高まり始めました。

 2012年5月23日に行われた1次選考では,他の都市が70%を超える支持率であったのに対し,
東京都は47%(反対も23%でトップ)しかありませんでした(IOC調査。以下も同様)。
しかし,2013(平成25)年6月25日にIOCが公表した評価報告書では,3都市中最も低かったものの
70%の支持を集め,反対は16%でマドリードの20%より低いという結果でした。

 こうして,国民の支持率という課題も解決しました。


運命の最終プレゼンテーション

 滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」が注目を集めた最終プレゼンテーション。

 意外にも,投票権をもつIOC委員は,この最終プレゼンテーションを聞くまでどこの都市に投票するか
決めていないという人が少なくありません。

 それだけに最終プレゼンテーションは重要な意味をもちます。

 オリンピック開催を引き寄せた東京招致団の最終プレゼンテーションは,まさに命運を分けた45分間だったと
いえるでしょう。IOCのジャック・ロゲ会長(当時)が「とても印象的だった」と称えたように,
3都市のなかで日本が抜群にすばらしいプレゼンテーションであったといえます。

 世界的な不況が長引き,中東などで政情不安が続くなか,東京の主張は「安心,安全」の確実性に加えて,
スポーツの本質にIOC委員の目を向けさせました。

 筆者がとくに印象に残ったプレゼンターは,パラリンピック陸上の佐藤真海(まみ)さんです


 骨肉腫に冒されて右足を切断した19歳の少女に,生きる力を与えた「スポーツの力」。
東日本を襲った大地震による津波で,ふるさとを引き裂かれた被災者に希望を与える「アスリートの力」。

 「私がここにいるのは,スポーツによって救われたから。スポーツが人生で大切な価値を教えてくれた。
2020年の東京で,その価値を世界に広めたい」。


 情感を込めた手のしぐさと,穏やかな笑みに込められた佐藤さんの思いは,IOC委員だけではなく,
スポーツを愛する世界中の人々に届いたことでしょう。

 この約4分間のプレゼンテーションは,間違いなく東京招致を引き寄せました。


(4)につづく


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹







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2013年11月03日

TOKYO 2020 (2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



2020年夏季大会へ,再び・・・


 招致に敗れた帰りの機上で,石原慎太郎知事(当時)は,「総力戦でやらなければダメだと思った。
IOCはみんな政治家でしたたか。JOCの組織力じゃ太刀打ちできなかった」と述べ,涙したというエピソードがあります。

 オリンピック開催の夢はついえたかに思えましたが,意外なところから招致構想が持ち上がります。

 2009年10月11日,「平和の祭典」と呼ばれているオリンピックを被爆地である広島市と長崎市で開催することで,
核兵器廃絶と平和の尊さを世界に訴えようと,2020年夏季オリンピック招致をめざし,広島・長崎オリンピック構想が
表明されました。


両市の被爆を象徴する建物



広島ドーム.jpg        長崎.jpg


・広島の原爆ドーム       ・長崎の浦上天主堂
 
(フリーウィキペディアより)




 しかし,この構想には,大きな問題点がありました。

 オリンピック憲章には,開催都市は1都市開催が原則と記されています。実現すれば近代オリンピック史上初めての
複数都市開催になるのですが,やはり壁は高かったようです。

 同年12月,IOCは複数都市の共同開催構想を却下。

 2010(平成22)年1月15日には,長崎市が立候補を断念し,広島市が単独でヒロシマ・オリンピック構想を表明します。
しかし,2011(平成23)年4月14日,広島市長選挙で招致反対を訴えて当選した新広島市長が,オリンピック招致を
正式に断念し,ヒロシマ・オリンピック構想ははかなく消えていきました。

 さて,東京都。

 2011年4月12日,前日の東京都知事選挙で再選された石原慎太郎知事(当時)が,2020年夏季オリンピックへ,
再度立候補の意欲を表明します。

 しかし,日本の情勢は,最悪でした。

 サブプライムローン問題に端を発したリーマン・ショックによる長引く不況,不安定な政局,そして,3.11 ・・・。

 東日本を襲った未曾有の震災は,沿岸部を中心に甚大な被害をおよぼしました。それに続く原発の問題。

 「こんなときに,オリンピックどころじゃない」

 多くの批判の声があがりましたが,東京都は招致活動を継続します。



2020年夏季オリンピックの開催地選考

 2011年9月1日,2020年夏季オリンピック立候補の申請が締め切られ,翌2日にIOCが,バクー(アゼルバイジャン),
ドーハ(カタール),イスタンブール(トルコ),マドリード(スペイン),ローマ(イタリア),それに東京都の6都市から
正式に立候補の申請を受理したと発表しました(その後,ローマは立候補を取り下げます)。


東京都では、

 ・9月15日,東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が設立。
 ・10月18日,東京都議会が2020年夏季オリンピック・パラリンピックの東京招致を求める決議案を賛成多数で可決。
 ・10月19日,文部科学省内に招致対策本部を設置。
 ・12月6日,衆議院本会議,翌7日には参議院においても,オリンピック・パラリンピック東京招致に関する決議が
賛成多数で可決。
 ・12月13日,政府が,2020年オリンピック・パラリンピック東京招致を閣議了解。
と、着々と「オールジャパン」体制ができあがります。

一方IOCでは、
 2012(平成24)年5月23日,カナダのケベックシティで開かれたIOC理事会で1次選考が行われました。

2016年の開催地選考では11項目だった評価項目が,今大会の選考過程からは14項目(「競技会場・会場配置」,
「選手村」,「国際放送センター・メインプレスセンター」,「過去の国際大会開催実績」,「環境・気象」,「宿泊施設」,
「交通・輸送計画」,「医療・ドーピング対策」,「治安・警備計画」,「通信」,「エネルギー」,「通関・入国管理」,
「政府・世論の支持」,「財政・マーケティング」)に増え,総合平均点ではなく,正式立候補都市の選出に値するかの
評価が出されました。


 1次選考の結果,評価の高かったイスタンブール,マドリード,東京が正式立候補都市に選出されました。



(3)に続く


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹






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2013年10月20日

TOKYO 2020

地域とともに活躍する川村学園女子大学




TOKYO 2020


その瞬間。
会場が静寂に包まれ,人々の視線が一点に集まります。

ジャック・ロゲ会長(当時)が,おもむろに封筒から取り出した用紙には ・・・


TOKYO 2020



Tokyo_2020_Announcement.jpg




Tokyo 2020 Announcement
IOC ジャック・ロゲ会長


ウィキぺディア・コモンズ(2013年 9月8日 作者 SWannasln)




夏季五輪として56年ぶりとなる東京開催が決まった瞬間でした。



始まりは2005年。
 2005年(平成17)1月,日本オリンピック委員会(以下,JOC)竹田恒和会長が年頭の挨拶で,
2016年,2020年のオリンピック・パラリンピック開催に向けて努力していきたいと述べました。


 それを受けて,東京都の石原慎太郎知事(当時)は,同年9月20日,平成17年度第三回都議会定例会の
所信表明において,正式に2016年のオリンピック招致を表明したのです。

 しかし,こうしたオリンピック招致に向けた発言は,当時,どちらかというと冷ややかに受け止められました。


 時はバブル景気崩壊後。ひたひたと忍び寄る不況の足音を,私たちは敏感に感じているころでした。
「格差社会」などということばが,流行語になったのもこのころです。


 もうひとつの理由は,相次ぐオリンピック招致の失敗です。

 夏季大会では,東京都が2016年のオリンピックに立候補する以前にも,名古屋市が1988年大会(ソウルで開催),
大阪市が2008年大会(北京で開催)に立候補し,いずれも大差で敗れています。招致に費やした巨額の負債が
残っただけでした。


 こうした世論をよそに,東京都はオリンピック招致活動という,大きな挑戦を開始することにしたのです。

 2006(平成18)年8月30日には,JOCが国内立候補都市評価委員会を開催し,同じく招致に名乗りを上げた
福岡市と国内立候補都市の座を争いました。55人名の選定委員による投票の結果,東京都は11票差で競り勝ち,
2016年五輪の国内立候補都市に決定したのです。



2016年夏季オリンピックの開催地選考


 オリンピック開催地の選考は,立候補を希望する都市が,自国の国内オリンピック委員会をつうじて
国際オリンピック委員会 (以下,IOC) に立候補の申請を行うことで始まります。そして,大会開催の7年前に開かれる
IOC総会で,IOC委員の投票により開催地が決定するのです。この選考方式はオリンピック憲章の第5章34則で
定められています。


 さて,2016年夏季オリンピック開催地への立候補は,バクー(アゼルバイジャン),シカゴ(アメリカ),
ドーハ(カタール),マドリード(スペイン),プラハ(チェコ),リオデジャネイロ(ブラジル),そして東京都の
7都市が立候補を申請しました。


 この7都市は,次に,申請ファイル(概要計画)を IOC に提出し,11項目にわたる1次選考を受けます。
11項目とは,「政府支援・世論」,「インフラ」,「競技会場」,「選手村」,「環境・影響」,「宿泊施設」,
「交通」,「治安」,「国際大会開催経験」,「財政」,「遺産・有効活用」で,それぞれに得点がつけられ,
その総合平均点6点以上が,IOC理事会による1次選考通過の目安になります。


 1次選考の結果,6点以上を獲得した5都市のうち,東京(8.3点),マドリード(8.1点),
シカゴ(7.0点),リオデジャネイロ(6.4点)が正式立候補都市に選出され,1次選考を通過しました。


 東京都は宿泊施設の項目で10点満点を得たほか,環境や治安,選手村で高い評価を受け,全都市中トップの
総合平均点で1次選考を通過したのです。


 なお,ドーハについては6.9点を獲得しながら,夏季の高温を避けるために提案した10月開催がIOCの規定に
反することや,競技施設の乏しさ,人口規模の小ささなどの懸念から,1次選考で落選しました。


 1次選考を通過した都市は,より詳細な開催計画を記した立候補ファイルをIOCへ提出します。
その後,IOCは評価委員会を組織し,委員会のメンバーはそれぞれの立候補ファイルを精査するとともに,
各都市を現地視察します(東京都の視察は2009年4月16日〜4月19日でした)。


 2009(平成21)年9月2日,現地視察を終えた評価委員会は,視察の結果をもとに各都市の長所と課題を
併記した評価報告書を公表しました。


 それによると,東京都は,コンパクトな会場配置,財政面,安全・治安面で評価を得たのに対し,
競技場,交通インフラ,選手村の広さ,国民の支持率の課題が指摘されました。なかでも55.5%という
支持率の低さは致命的で,4都市中最も高いマドリードの84.9%に大きく水をあけられてしまいました。


 2009年10月2日,デンマークの首都コペンハーゲンで開かれたIOC総会において,2016年オリンピック開催地を
決める投票が行われました。


 まず,シカゴ,東京,リオデジャネイロ,マドリードの順に最終プレゼンテーションを行い,
その後,評価委員会による各都市の最終評価報告を経て投票が行われます。


 開催地は,投票総数の過半数を獲得した都市に決まりますが,仮に1回目の投票でどの都市も過半数に
達さなかった場合は,最も票の少なかった都市を落選させ,2回目の投票を行います。この方法で過半数を
獲得する都市が出るまで投票を繰り返すのです。


 1回目の投票では,マドリードが28票で最も多く,次いでリオデジャネイロの26票,東京22票,
シカゴ18票という結果でした。規定によりシカゴが脱落。


 2回目の投票が始まりました。結果は,リオデジャネイロが46票,マドリード29票,東京20票。

 東京都は最終投票に進むことができませんでした。



250px-Maracana.jpg



Games of the XXXI Olympiad

エスタジオ・ド・マラカナン (ブラジル、リオデジャネイロ)

(クリエイティヴ・コモンズより)




(2)につづく


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹





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2012年08月22日

ロンドンオリンピック総括編(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



夢の続きは「ブラジル・リオ」へ(2)

(選手たちの「ことば」から振り返るロンドンオリンピック)



数々の感動シーンが脳裏に焼き付けられたロンドンオリンピック。
選手たち自身もみんなその瞬間だけに生まれる本当の「ことば」を残してくれました。
日本選手の活躍を、選手たちの「ことば」から振り返ってみましょう。

 「一握りの人しか出られないオリンピックで花を咲かせられてうれしい」:
日本女子初の表彰台となる銀メダルを獲得した,重量挙げ女子48キロ級の三宅宏実選手
父娘で臨んだ3回目のオリンピックで,夢,結実です。

 「(日本女子に)メダルがないプレッシャーはあったけど,私がやってきた練習はそれよりも大きいと信じていた」:
日本選手初の金メダリストとなった柔道女子57キロ級の松本薫選手
試合前の気合いの入った表情が話題になりました。

ここに来るまで悩んでどん底まで落ちたが,今までできたことを信じて戦った結果、金メダルを取れた」:
伊調馨選手とともに日本女子初の3連覇を成し遂げた吉田沙保里選手(55キロ級)。
試合後、コーチでもあるお父さんを肩車。最高の親孝行でした。
レスリング女子は、4階級中3階級で金メダルを獲得。
 
メダルを取るのに20年かかったが、夢はかなった」: 福原愛選手

ここ最近は悔し涙ばかりだったので、オリンピックでうれし涙を流せてよかった。味? しょっぱかったです」:
石川佳純選手
卓球女子団体で卓球初のメダルを得た「3人姉妹」。
表彰式で見せた3人のとびきりの笑顔が印象的でした。

最高の仲間と最高の舞台で最高の相手と戦えてよかった」:なでしこの大黒柱、澤穂希選手
仲間がいなければ,ここまで来られなかった」:キャプテンとしてチームをまとめた宮間あや選手
日本中の期待を集めたサッカー女子の「なでしこジャパン」。
なでしこたちのフェアプレーは賞賛に値します。
反則の少ないクリーンなサッカーは,「金」以上の輝きがありました。


フェルプス、ロクテと戦えて幸せ。楽しくて,すごい夏休みでした」:
男子400メートル個人メドレーで銅メダルの高校生スイマー萩野公介選手
3人で『康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかないぞ』と話していた」:
男子400メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得した松田丈志選手
声をからしてまで応援してくれる仲間がいるなかで泳げたことは最高に幸せです」:
同じくメドレーリレーの入江陵介選手
競泳チーム全員で勝ち取ったメダルでした。
競泳は戦後最多の11個のメダルを獲得しました。

 今大会には,昨年の東日本大震災で,自身や親族などが被災した選手たちも参加しています。
また、直接影響のなかった多くの選手たちも、さまざまな形で被災地を励ます活動にかかわってきました。

日本,被災地の宮城県代表として,何より支えてくれた家族や娘に恩返しをするオリンピックだった」:
バレーボール女子で28年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した大友愛選手
メダルを被災地や出身地の仙台に持っていきたい」:
同じく宮城県出身の福原愛選手
この銅メダルを被災された東北の方々にささげたい」:
陸上男子ハンマー投げで銅メダルを獲得した室伏広治選手
そして石巻市の子どもたちから託された日の丸を手にウィニングラン。

震災後,初めてのオリンピックとなった今大会。
選手と被災地が響き合った,記憶に残る大会になりました。

 最後に,筆者の選んだ名言ベスト1。
ボクシング男子ミドル級で48年ぶりの金メダルを獲得した村田諒太選手
金メダルがぼくの価値じゃない。これからの人生がぼくの価値になる。(金メダルに)恥じないように生きていく
歴史的栄光に浮き足立つことのないこのことば。

メダルの獲得に一喜一憂するメディアに是非聴いてもらいたいことばです。

かのクーベルタン男爵もこういっています。
「人生にとって大切なことは成功することではなく努力すること」

言葉を通して謙虚で、成熟した日本選手たちの姿勢に心を打たれました。


ところで、ロンドンでのオリンピック開催は3度目ですが、日本の参加は初めてなのを知っていましたか?
(1回目は日本が参加前、2回目は第二次世界大戦後の1948(昭和23)年に開催され、
敗戦国の日本は招待されませんでした。)

日本が初めてオリンピックに参加したのは、1912(明治45)年の、第5回ストックホルム大会からです。
今回のロンドンオリンピックは、それからちょうど100年にあたる節目の大会になりました。

 さて、このような歴史的大会。
日本選手団は,2004(平成16)年アテネ大会の37個を上回る史上最多の38個のメダルを獲得しました。
(金8,銀14,銅17)

メダルの数以上に、その質に目を向けてみるなら、実施競技の半数の13競技でメダルを獲得できたことは、
次回のオリンピックに向けて明るい材料になったと思います。

また,今大会は、団体球技や団体種目の活躍が目を引きました。
サッカー(男女とも)やバレーボール女子などの活躍は、
激しい練習をともにした仲間を信じるチームワークの美しさを私たちに示し、
うつむきがちな日本・復興に取り組む被災地に元気をもたらせてくれました。

8月20日,ロンドンオリンピックが終わって一週間。
日本代表のメダリストたちの凱旋パレードが東京・銀座で行われ、
沿道にはメダリストたちを一目見ようと炎天下にも拘わらず50万人(主催者発表)が詰めかけました。
本当に「元気」を求めている日本の姿が浮き彫りになりました。


銀座の凱旋パレード縮小完成.jpg


撮影:吉田祐衣



ロンドンが残した課題
成功裏に終わったロンドンオリンピック。
しかし一方で,重大な課題も残りました。

・柔道の判定に代表される審判の問題。
審判の権威が大きく揺らいだ大会でした。
・また、バドミントンでおこった無気力試合。
・なでしこの取った戦略的な引き分けもその是非が問われ、
フェアプレーの線引きの難しさを改めて考えさせられました。
・そしてドーピング問題。
徹底した事前検査により、発覚した違反は過去の大会より大幅に減少したものの、
砲丸投げ女子の金メダルが剥奪される事態が起こりました。

オリンピックの価値を守るため、その一つ一つを検証して乗り越え、
忍耐強く不正と戦っていかなければなりません。


おわりに 失意のこころを励ます「ヘイ・ジュード」で始まったロンドンオリンピックは、
同じくビートルズのジョン・レノンの名曲「イマジン」で幕を閉じました。
平和な世界を想像してごらん!」
イマジンの歌詞が、日本語をはじめ数々の言語で表示され、やがて競技場を照らし続けた聖火は静かに消えていきました。

オリンピックが真に世界平和の象徴になる日を諦めてはいけませんね!

さあ,4年後の舞台はブラジルのリオデジャネイロ、初めての南米開催です。
まだまだロンドンの余韻に浸っていたいところですが、入江陵介選手はこういいます。
リオへのオリンピックはもう始まっている
今後4年間のスポーツ界の変化、進化がいかに反映される大会になるか、楽しみに待ちたいと思います。


最後に、歴史の街ロンドンのオリンピック関連の映像をお見せして終わりたいと思います。
(本学特派員たちの撮影です。)


共同開催都市again1-1.JPG


オリンピックの共同開催都市は、1〜5までがサッカー予選 
決勝は6のロンドンWembly Stadium
7は、sailingの行われたWeymouth and Portland


ロンドン市街地の競技場


ストラットフォード駅縮小.JPG



ストラッドフォード・インターナショナル駅に掛けられた競技場への案内板と、
高速電車(市内から7分)(電車は日本製!) 撮影:山本由美子



train2縮小.jpg





今回のマラソンコースの一番の特徴は、スタートもゴールもスタディアムではなく、
バッキンガム宮殿前のThe Mallで始まり、The Mallで終わったことでしょう。


マラソンスタート縮小The Mall.JPG



The Mallは、王室のウェディングパレードでお馴染みですね!撮影:野口裕美


バッキンガム騎馬隊縮小2.jpg



victoria2.JPG



アドミラルティ・アーチと、門から見えるヴィクトリア女王の記念碑 撮影:山本由美子



Victoria記念碑縮小.JPG





門をくぐると目の前にトラファルガー・スクウェアが広がります。


トラファルガー縮小.PNG


撮影:野口裕美



そしてランナーは、テムズ川沿いに、Cityに向かってひた走ります。



テムズ縮小2.jpg


撮影:山本由美子




コースは、いかにも観光を意識しているようで、同じ場所を三回廻り、
しかも狭い道やカーブが100ヶ所以上もあり、難コースでした。




ところで、ロンドンオリンピックのマスコットを知っていますか?
ウェンロック」です。


ウェンロック.JPG



実はあまり人気がなかったようです。
一方、パラリンピックのマスコットは、「マンデヴィル」です。


マンデヴィル2縮小.JPG




パラリンピックのシンボル2修正縮小.JPG

テムズ川のタワーブリッジにもパラリンピックのシンボルマークが飾られました。(撮影:野口裕美)



「ロンドン2012パラリンピック競技大会」は、8月29日から始まります。
パラリンピックは、イギリスのストーク・マンデヴィル病院で行われていた障がい者のスポーツが発展したもので、
今大会はその発祥の地に戻って開催される大会になります。
もう少し眠れない夜が続きそうです!



教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹




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2012年08月18日

ロンドンオリンピック総括編(1)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



夢の続きは「ブラジル・リオ」へ(1)




 ロンドンで開かれた第30回夏季オリンピック大会が8月12日(日本時間13日)、17日間の全日程を終え、閉幕しました。


ロンドンとの時差は8時間、日本では深夜から明け方にかけて多くの競技が放送され、
眠い目をこすりながら日本選手の活躍に声援を送った人も多かったのではないでしょうか。

本ブログも6回にわたってロンドンオリンピックの見どころを取り上げてきました。
最後に大会全体を振り返ってみたいと思います。

 先ず、今大会は、女子ボクシングの開催により、史上初めて実施全競技に女性参加種目が設けられ
すべての国・地域から女性選手が参加する記念すべき大会になりました。

開会式では、各国の旗手に女性の姿が目立ち、歴史的大会を象徴しました。
(日本は女子レスリングの吉田沙保里選手でしたね!)


開催の理念は、大きく分けて二つ掲げられ、それらは何よりも開会式に示されました。




[※]開会式に出席されるエリザベス女王様

TL_980147.jpg女王さま.jpgシャープ.jpg



1.インスパイア・ア・ジェネレーション 

ロンドンは,開催都市に立候補する段階から、一貫してオリンピックの遺産を子どもたちへ引き継ぐ理念を強調してきました。
大会のスローガン「インスパイア・ア・ジェネレーション(次世代に息吹を)」は、
スポーツを通して次世代の子どもたちに力を与えたいという思いを表現しています。

開会式の聖火の最終走者が、過去の有名選手ではなく、
イギリススポーツ界の明日を担う7人の若手アスリートたちだったことは、
この大会スローガンを具現化した演出だったといえるでしょう。


7人.jpg



[※]手を差し伸べる聖火の花弁に点火する7人のアスリートたち


聖火.JPG





2.サステナビリティ  今大会の運営方針は「サステナビリティ(持続可能性)」

開会式の冒頭、フィールド上に再現された美しい田園を、煙を吐く工場群へと変えてしまう場面がありました。
イギリスの産業革命を表す演出でした。


産業革命.jpg


[※]フィールドに突然現れた煙突と工場



オリンピック会場の周辺もかつては工場地帯で、土壌汚染がひどい土地だったといいます。
こうした反省から、地球環境を守り文明社会を長く維持するために、
「サステナビリティ」を大会運営の基礎に据えたのです。




TL_980229.jpg開会式.jpg


[※]古代ケルトの聖地グラストンベリー・トー(Glostonbury Tor)を模した丘


これからのオリンピックにも,この理念を受け継いでいってもらいたいと思います




そして、時代的特徴としては、ソーシャルメディアオリンピックということが挙げられます。

 今回のオリンピックは、短文投稿サイト「ツイッター」や交流サイト「フェイスブック」などのソーシャルメディアが、
初めて大きな役割を果たす大会として位置づけられ,「ソーシャルメディア五輪」や「ソーシャリンピック」などと呼ばれました。

この背景には、ソーシャルメディアの利用者が、前回の北京大会と比べて急激に増えたことが挙げられます。
(ツイッターの利用者は2008年には世界で600万人だったのが1億4000万人に、フェイスブックは1億人から9億人に増加)

また、国際オリンピック委員会も積極的にソーシャルメディアの使用を後押しし、
選手たち自身の情報発信を奨励しました。

ソーシャルメディアは、極限の競技に挑む選手たちによって吐露された生々しい声にあふれ、
私たちにとっては、選手の存在がぐっと身近に感じられました。

一方で、人種差別的投稿をしたギリシャとスイスの選手が、選手団から追放されるという問題が発生しました。

さらに、自転車競技では,沿道の観戦者による大量のツイートでGPSの信号に影響が出て、
大会運営に支障をきたす場面がありました。

それらは今後の課題です。

大会期間中、オリンピックや競技に関連した「つぶやき」の総計が、全世界で1億5000万回を突破したと報道されました。
これは、北京大会の約150倍にあたります。
選手とファンが、ソーシャルメディアでつながる時代の本格的到来を感じさせる結果となりました。


橋本さん iPhone切り抜き縮小.JPG


※iPhoneを高く掲げて聖火を待つ街の人々  撮影:橋本康子


2年後、ロシアのソチで開催される冬季オリンピックは、ロゴマークそのものがURLになっているといわれてます。
オリンピックのような世界的なイベントで、ソーシャルメディアの存在感、役割は、今後もますます大きくなっていくでしょう。




では、ロンドンにいる本学の学生たちがソーシャルメディア(Facebook)で送ってきたリアルな映像もご紹介いたしましょう。


エジプトチケット縮小cutagain完成.JPG



※日本サッカー予選エジプト戦のチケットと、3点入れたときの電光掲示板の表示 撮影:野口裕美



電光掲示板縮小cuttingagain.jpg




Inspire a generation と書いた垂れ幕が見えますか?



スペイン戦修正.jpg

※グラスゴー:スペイン戦  撮影:野口裕美


[※]は、ロイヤリティフリー(南アフリカGallo Images)




教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹




(2)につづく
次回は,オリンピック編最終回。日本選手の活躍とロンドンが残した課題を取り上げます。





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2012年07月27日

ロンドンオリンピックの見どころ(6)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



「聖なる休戦」の誓を!




おわりに、「平和の祭典」オリンピック



 古代オリンピックの終焉から約1500年後の1892(明治25)年
フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵が「ルネッサンス・オリンピック」と題する講演で、
初めてオリンピックの復興構想を明らかにしました。

その2年後、「パリ会議」といわれる国際会議のなかでオリンピックの復興計画が議題にあがり、
満場一致で可決されました。

現代につながる近代オリンピックの開催が決定した瞬間です

クーベルタンはパリ会議を招集する際に、
「世界中の国民を代表する人々が4年ごとにひとつの場に集うことになり、
彼らの行う平和と騎士道精神に満ちた競技の数々が、最良の国際主義を生み出す」と主張しました。

近代オリンピックに「世界平和の構築」という崇高な目標を立てたのです。

それは、古代オリンピックの開催期間中には、
「エケケイリア」(聖なる休戦)という休戦期間が設けられていたことに
クーベルタンが感銘を受けたからです。

 こうしたクーベルタンの思想は、やがて「オリンピズム」というオリンピックの基本理念へと発展していきます。


しかしながら「平和の祭典」オリンピックは、
2つの世界大戦による中断や東西冷戦によるボイコット問題、
前回の北京大会では開会式の当日にロシアがグルジアに侵攻するなど、
いつも時代の社会情勢に左右されています。

 今回のロンドンオリンピックでも、
規模・予算的にも「イギリス史上最大の警備」となるテロ対策がとられるようです。

市内6ヶ所には地対空ミサイルが配備されると伝えられています。




ハロッズ.JPG



かわいい飾り付けのお店の外では、もう「電話ボックス」が黄色い布で逮捕されてます!(撮影:野口裕美)


電話ボックス.JPG





こうした物々しい警戒のなかで、平和の祭典が開かれるのです。

私たちは、「エケケイリア」(聖なる休戦)を守った古代ギリシャの人々を見習うとともに、
クーベルタンが唱えた平和の祭典の意義を、もう一度考え直す必要があるのではないでしょうか。




カウントダウン.JPG修正.jpg

National Galleryの前に設置されたカウントダウンの電光掲示板(撮影:野口裕美)





さあ、ロンドンオリンピックの開幕です。


メダルの数や色だけにとらわれず,懸命に戦う選手たちに大きな声援を送りましょう




オリンピック総括号につづく




教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹




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2012年07月24日

ロンドンオリンピックの見どころ(5)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



オリンピックとパラリンピックの掛け橋に!



(3)「ブレードランナー」の登場

 「ブレードランナー」の異名をもつ選手がいます。

本名、オスカー・レオナルド・カール・ピストリウス(以下,ピストリウス)。
南アフリカの陸上男子400mと1600mリレーの代表選手です。

なぜ、ピストリウス選手がブレードランナーと呼ばれ注目を集めるか、
それは彼が義足の陸上選手だからです。




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Pretoria, South Africa - 17 April 2012(※RM: Gallo Images)



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 障がいをもつ選手は,オリンピック閉幕後に開催される「パラリンピック」の出場をめざします。


ピストリウス選手も2004年アテネ大会2008年北京大会の2回、
パラリンピックに出場しています。


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Athen's, Greece -24 Sept. 2004 Paralympic Games(※RM: Gallo Images)



しかし、彼はパラリンピックではなく、オリンピックへの出場をめざしたのです。

挑戦は北京オリンピックから始まりましたが、いきなり大きな壁が立ちはだかります。
国際陸上競技連盟が、カーボン製の義足による推進力が競技規定に抵触するとして、
出場を認めない方針を示したのです。

その後、この判断は、スポーツ仲裁裁判所()によって覆され、
ピストリウス選手が健常者のレースに出場することを認める裁定が下されます。

そのときは、残念ながら参加標準記録を破ることができず、
北京オリンピックへの出場はかないませんでしたが、
昨年の世界陸上では400mで準決勝に進み、1600mリレーではチームの銀メダル獲得に貢献しました。

 義足選手の出場は、オリンピック史上初めてのできごとです。


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Port Elizabeth, South Africa - 14 April 2012(※RM:Gallo Images)



たしかに、障がいをもった選手のオリンピック出場は賛否が分かれます。
しかし、今後のオリンピックとパラリンピックの方向性を考えるうえで、
今回の判断は非常に意義のあるものだと筆者は考えています。




スポーツで発生した紛争を、一般社会の公的な裁判所ではなく、
スポーツ界自身が裁定するために、1984(昭和59)年に国際オリンピック委員会によって
設立された一審制の第三者機関。1994(平成6)年に国際オリンピック委員会から独立。
日本にも2003(平成15)年に国内のスポーツ紛争を解決する独立機関として
日本スポーツ仲裁機構が設置された。



なお、ロンドンパラリンピック(第14回)は、8月29日〜9月9日まで、同じく首都ロンドンで開催されます。


(※は、ロイヤリティフリー:南アフリカGallo Images



(6)につづく

教育学部 社会教育学科 准教授 藤原 昌樹


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2012年07月21日

ロンドンオリンピックの見どころ(4)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



オリンピックの年齢制限は?



(2)最年少と最年長の日本代表選手

突然ですが、問題です。

オリンピックの出場には、年齢制限があるでしょうか?

答えは「ない」です。

オリンピック自体としては、出場選手に年齢制限はありません。

ただし、体操競技や水泳の飛び込みなどのように、
実施競技の国際競技連盟が選手の健康上の理由で年齢制限をしている場合は
その規則を採用しています(オリンピック憲章第5章42)。

そこで、今回のロンドンオリンピック。
最年少」と「最年長」の選手に注目してみました。

 まずは、最年少の代表選手をふたり紹介しましょう。

 ひとり目は、渡部香生子(わたなべかなこ)選手

競泳女子200m平泳ぎで出場権を獲得しました。
現在、私立武蔵野高等学校の1年生。
日本選手団で最も若い15歳です。

164cm、55kgの小柄な体を逆に武器にし、
イカやタコのようにふわっと足を動かしムチのようにしならせる、
通称「イカタコキック」による抵抗の少ない泳ぎが特徴です。


オリンピック会場 傾き修正・縮小.JPG

[※]オリンピックのメイン会場=オリンピックパーク(ロンドン東部ストラットフォード)


オリンピックパークの中の水泳競技場(撮影:野口裕美)
水泳・縮小.JPG完成.jpg



 ふたり目は、土井杏南(どいあんな)選手

私立埼玉栄高等学校の2年に在籍する16歳です。

陸上女子400mリレーが、1964(昭和39)年の東京オリンピック以来
48年ぶりとなる出場権を得たことで、土井選手の代表入りが決まりました。
日本陸上界では戦後最年少の代表です。

骨盤を動かすことを意識し、
体をくねらせる「ボルト走り」(別名,トカゲ走り)で頭角を現してきました。


選手たちが走る競技場の中はまだ覗けませんが、本学の臨時特派員が周りから撮影してきてくれました。



パークの外.JPG修正.jpg

競技場の周辺(撮影:野口裕美)



競技場に入るゲート(撮影:野口裕美)
パーク入口.JPG完成.jpg


 
ニューヒロインたちの活躍に期待しましょう。


 
次に、最年長の代表選手です。

 法華津寛(ほけつひろし)選手

太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年の生まれです。
自身がもつ日本オリンピック史上最高齢出場記録を更新する71歳4ヶ月
ロンドンオリンピックを迎えることになります。

法華津選手が出場する競技は馬術、
そのなかでも「馬場馬術」というあまりなじみのない種目に出場します。
馬場馬術とは,
横20m,縦60mの馬場で決められた演技をいかに正確に美しく、躍動的に行えるかを競う競技で、
馬のバレエ」とも評されています。

法華津選手は12歳で馬術を始め,東京オリンピックに出場しました。
定年退職後にオリンピック再挑戦を決意して単身ドイツに渡り、
現在も活動拠点をドイツに置いています。




グリニッジ・パーク.JPG

[※]馬術競技が行われるグリニッジパーク



法華津選手の「今でも少しずつうまくなっている」という飽くなき向上心には本当に頭が下がります。

愛馬「ウィスパー号」とともに、
自らのいう「爺の星」になるようがんばってもらいたいと思います。




[※]の写真は、ロイヤリティフリー

 (5)につづく


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原 昌樹




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2012年07月17日

ロンドンオリンピックの見どころ(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



「見どころ」を大きく3つにまとめてみれば・・・



 さて、世界の祭典オリンピックは、「見どころ」どころか何もかも目が離せないといった方がいいのですが、
ここでは、筆者独自の視点を3つにまとめてご紹介いたしましょう。

(1)開会式

 オリンピックでは、毎回、開会式に趣向が凝らされます。
開会式だけを観るマニアもいるほどです。
開会式は7月27日(金)午後9時(現地時間)から始まりますが、日本時間では7月28日(土)の午前5時からです。

早起きしなければいけませんね!

 1984(昭和59)年のロサンゼルスオリンピックでは、宇宙遊泳を思わせる人間ロケット「ロケットマン」が登場し、
前回の北京オリンピックでは、2000人による一糸乱れぬ太鼓の演奏が話題になりました。

今回は、映画「スラムドッグ$ミリオネア」で2008(平成20)年アカデミー賞監督賞を受賞したダニー・ボイル監督が
芸術監督を務め、イギリスの歴史や伝統的な田園風景を再現する内容であることが伝えられています。

また、開会式のテーマは、イギリスの劇作家シェイクスピアの「テンペスト」がベースになることも公表されています。

 そして、かねてから出演が噂されていた元ビートルズのポール・マッカートニーが開会式のフィナーレに登場し、
ビートルズ時代のヒット曲「ヘイ・ジュード」を歌うことが報じられました。

必見です!

 
 開会式のクライマックスといえば、聖火台への点火です。

古代オリンピック発祥の地、ギリシャのオリンピアにあるヘラ神殿跡で5月10日にともされた聖火は、
約8000人もの聖火ランナーによって開会式の行われるオリンピック・スタジアムに向かっています。




聖火縮小2.JPG修正.jpg



チチェスター市(イギリス南東部)を走る聖火ランナー
[撮影:小川 美咲(本学学生・オリンピック臨時特派員)]


聖火縮小.JPG






やがて、この火は最後のランナーへと引き継がれます。

最終ランナーと聖火台への点火方法は大会の“トップ・シークレット”!

有名なサッカー選手の名前などが噂に挙がっていますが,
みなさんは、最終ランナーを務めるのはだと思いますか?!



(4)につづく


教育学部 社会教育学科 教授 藤原 昌樹
 

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2012年07月15日

ロンドンオリンピックの見どころ(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学



ロンドンオリンピックの見どころは?!



 さて、見どころ満載のロンドンオリンピック。
みなさんは,どの競技にそしてどの選手に注目をしていますか。

 金メダルの最有力候補といえば体操の内村航平選手
大会3連覇のかかるレスリングの吉田沙保里選手伊調馨選手
同じく競泳の北島康介選手は,100mと200m平泳ぎの2種目で3連覇を目指します。
女子ワールドカップドイツ大会で世界一となり一躍注目を集めた「なでしこジャパン」にも注目が集まります。
陸上ハンマー投げの室伏広治選手や,射撃の松田知幸選手などにもメダルの期待がかかります。


 オリンピックとなると、国を挙げての応援になりますが、選手たちの地元はそれぞれに大フィーバーです。

川村学園女子大学は千葉県我孫子市にありますが、我孫子市からも平井康翔(ひらいやすなり)選手
代表に選出されました。

平井選手は平成2年生まれの22歳。

我孫子第一小学校,我孫子中学校を卒業し、船橋市立船橋高等学校を経て現在大学4年生です。
平井選手が出場するのは,「競泳男子10kmマラソン」という聞き慣れない種目ですが、
それもそのはず前回の北京大会から正式に採用された種目です。

10kmマラソンは、正式には「オープンウォータースイミング」(OWS)といわれる、
海や川など自然の水の中で行なわれる長距離の水泳競技です。

限りなく同じ条件のもとで競技を行おうとする当たり前の考えから離れ、
むしろ自然環境の差異の中でいかに状況を読むかが問われる新しいタイプの競技です。

危機管理、そして自然の驚異に対する気づきや配慮は、近年のエコ意識にも対応しており、
オーストラリアやヨーロッパでは、すでに人気の高いスポーツですが、
近年日本でも全国各地でレースが行われ、一般の人々の間にも愛好者がふえています。

 とはいってもオリンピックでは、レースは10q、約2時間で、フルマラソンに近い内容です!

平井選手、すごいです!




オリンピック縮小.jpg

平井康翔選手(※)
6月21日 星野我孫子市長を表敬訪問

(※)我孫子市役所提供


オリンピック2縮小.jpg



今大会は「ハイド・パーク」というロンドン西部に位置する王立公園の広大な人工湖が競技場になります。


ハイドパーク 終了.jpg

ハイドパークの競技場(湖) [撮影:野口裕美]



競技は8月10日(金)午後8時(日本時間)に行われます。

みんなで応援しましょう!


 日本以外の選手では、なんといってもジャマイカのウサイン・ボルト選手
100mと200mの世界記録をもつ、まさに「人類最速の男」です。
昨年の世界陸上(韓国・大邱)では、100m決勝でフライングにより失格となりスタートの不安が指摘されましたが、
ロンドンオリンピックではどんなレースを見せてくれるか楽しみです。

 日本オリンピック委員会は、ロンドンオリンピックで金メダルを15個以上獲得し、
世界5位以内に入ることを目標に掲げていますが、
メダルの数だけではなく、選手ひとりひとりが最高のパフォーマンスを発揮することを期待したいと思います。


(3)につづく


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹


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2012年07月11日

ロンドンオリンピックの見どころ

地域とともに活躍する川村学園女子大学



オリンピックがやってきた!



 7月27日(現地時間)、いよいよ第30回オリンピック競技大会(ロンドンオリンピック)が開幕します。
(サッカー競技の予選は25日からです)


芸人さんのオリンピック挑戦や国籍問題など、開幕前から大きな話題を集めていますが、
はたしてどのような大会になるのか注目されます。


 今回のロンドンオリンピックは、1896(明治29)年に開催された第1回アテネ大会から数えること30回目の
節目の大会です。


また,ロンドンでのオリンピック開催は、1908(明治41)年第4回大会,1948(昭和23)年第14回大会に続く
過去最多の3回目になります。

オリンピックが近づくにつれ、日本でも街中ではオリンピックに関連した装飾などを見かけるようになりました。




無題.JPG


横浜山下公園の花壇展にて(2012年5月20日筆者撮影)




開催地ロンドンでは、競技会場の建設工事,競技施設周辺の街路整備が最終段階にはいり、
選手が宿泊する「選手村」の運営準備も整うなど、オリンピックムードは日に日に高まっているようです。




ロンドン市内縮小.JPG傾き修正.jpg


ロンドン市内の様子やタワーブリッジの飾りつけ(野口裕美[本学卒業生]撮影)


タワーブリッジ.JPG





スコットランドウェールズでも歓迎ムード一杯です。
(どの風景を写そうにも、何やら五つの輪が・・・)




4スコットランド最新.JPG再カット.jpg

スコットランド 撮影:坂本聡美(イギリス留学中の在校生)
 
ウェールズ 撮影:小川美咲(イギリス留学中の在校生)

ウェールズ最新.jpg





ロンドンオリンピックでは、26競技302種目が実施されます。


しかし、日本にとって残念なことに、野球や前回北京大会(2008年)で金メダルを取ったソフトボールは
今大会から実施されません。


7月5日、日本オリンピック委員会から日本選手団が発表されました。
選手団は、選手293人(男性137人、女性156人)、役員221人の合計514人で、
前回大会に次ぐ過去2番目の規模になる見通しです。


競技日程は、日本オリンピック委員会のホ-ムページでご覧いただけます。




  蛇足ですが、
 これは、7月26日のサッカー予選のチケットです。
(学生がFacebookで映像を送ってくれました。)
チケット.JPG


今回のオリンピックは、「ソーシャル・オリンピック」になるという呼び声が高いのですが、
Facebookで一声かけると、イギリス在住の卒業生や留学中の学生から
続々と映像が送られてくるここでの状況は、その一端といえるでしょう!

ちなみに、東京オリンピックは、テレビと結びついたオリンピックでした!

(科学の進歩と時代の移り変わりを象徴的に示すのもオリンピックになりつつあるのでしょうか?)


(2)につづく


教育学部 社会教育学科 准教授 藤原昌樹




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