2014年04月05日

港が語る東と西の物語(3)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





第3回  各論    ハンブルクの生き方


1.文献・資料に依拠したハンブルクの生き方



 ハンブルクについての評価は、西洋中世史の高橋理によるものが、最も古い時代のハンブルクを
取り上げたものとして興味深いと思われます。高橋は、『ハンザ同盟』という著書のなかで、
ハンブルクはハンザという組織を支えてきた主要なメンバーでありますが、同時に機をみるに敏であったと
評しています。ハンブルクは、組織に価値を認めていたうちは、誠実に任務を遂行していましたが、
時代の変遷に伴うさまざまな状況の変化に気がつくと、それにいち早く対応し、独自の路線を展開して
いきます。その際に、ハンブルクは、旧態依然とした旧友リューベックとは、少しずつ距離を置いて
いくのです。

こうした一連の決断が、現代のハンブルクの繁栄の礎になったという高橋の説は、今のハンブルクを
研究対象としている筆者にとって、まずは注目に値するものです。筆者も同様に、優等生ではありますが、
体制に迎合することなく、自己の信じる道を独自に全うしようとしている現代のハンブルク像を
想定しながら先に述べた研究テーマと取り組んでいるからです。

 そして、ドイツで出版されたハンブルク都市史の多くは、1871年にドイツ帝国が成立した当時の
ハンブルクについて、名誉を守ることに終始したハンブルクの決断について詳細に取り上げています。

ドイツ帝国に包含された自由都市ハンブルクが自由港を確保するために、ビスマルクとの間で行った
交渉の過程、そして交渉成立後に、さらに交渉を重ねて7年間の猶予期間(1881~1888年)を獲得したことが、
ハンブルクにとっての名誉なのです。

そして、この猶予期間中に、自由港に建設したのがシュパイヒャーシュタッ(Speicherstadt)と呼ばれる
地区です。ここには、ネオゴシック様式のレンガ造りの城のような倉庫群がそびえています。

この時、自由港に指定された地区には、人は住んではならないという法律が制定されて、1997年まで
この法律は遵守されました。自由港は富を生み出す聖域だからというのが、その理由です。

 このことは、ドイツ帝国に対しても怯まずに粘り強く交渉したハンブルクの性格を伝えるものであり、
同じ頃に、あっさりと身を引いた自由都市ブレーメン・リューベックと対比させて語られるのが一般的です。



2.筆者の研究成果からみたハンブルクの生き方



 第2回でお話ししましたように、ルアーブル・ハンブルクレインジのコンテナ港の多くが、程度の差こそあれ、
外資系しかもアジアのグローバルターミナルオペレーターによって運営されています。

この程度の差に注目した時、積極的に外資を導入し、しかもHPHによる取扱個数が60%を占める
ロッテルダム港と唯一の例外として外資の導入を全く行っていないハンブルク港は、
それぞれヨーロッパで1位、2位を占めている港であるだけに、大変興味をそそられます。

ハンブルクは市営企業であるHHLAに港の経営をすべて任せています。

ハンブルク市は、かつてはHHLAの株を100%保有していましたが、現在では30%を民間の個人投資家に
売却しました。このことは、ハンブルク市民にとってもHHLAの社員にとっても、大変に衝撃的なことで
あったといわれています。HHLAは自ら港湾経営に携わるだけではなく、港湾用地や水域を企業に貸して
賃貸料を得る不動産業をも営んでいます。ハンブルク港でコンテナターミナルを経営するEurogateも
そうした企業の1つです。


 JadeWeserPortの建設をめぐるハンブルクとブレーメンの対応も対照的でした。建設が決まった時、
ブレーメンは、建設資金を出すことを条件に、経営に参加させてほしいと連邦に要求しました。
連邦はハンブルクの意向をも確認しましたが、ハンブルクは参加を拒否し、ハンブルクはハンブルクにある
港とともに生きていくと宣言しました。

ドイツで初の大水深港湾・沿海岸港・潮汐非依存型かつ開放型という条件を備えたコンテナ港は、
ハンブルク港にとってもブレーメンの外港であるブレーマーハーフェン港にとっても、競争相手になる
可能性があります。

連邦は、これら3港は相互に補完的であるべきといっていますが、どのような結果になるかは、まだ、
誰にもわかっていません。

ブレーメン市長がハンブルクは愚か者であるとマスコミに表明したことは周知の事実です。




  
 ハンブルク港のSpeicherstadtの景観



港5.jpg







  
ハンブルク港で最大規模のコンテナターミナルアルテンヴェーダー(HHLAの経営)




港6.jpg


※これを建設したことでHHLAの経営は悪化したといわれる(オフィスビルの背後にコンテナヤードがある)




(4)につづく



文学部 史学科 教授 生井澤 幸子
 





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2014年03月23日

港が語る東と西の物語(2)

地域とともに活躍する川村学園女子大学





第2回  総論 
      
グローバルターミナルオペレーターと港



1.グローバルターミナルオペレーターの動向



 2004年の実績では、世界のコンテナ取扱個数のうち55%がターミナルオペレーター上位10社によって
取り扱われたものです。1位は香港に本社があるハチソン・ポート・ホールディングス(HPH)の
47万8千TEU(20フィートコンテナ換算)で全体の13.3%を占めています。以下、オランダのハーグに
本社のあるアーノルド・ピーター・モラー・マースクターミナルス(APMT)、アラブ首長国連邦の
ドバイに本社のあるドバイ・ポート・ワールド(DPWorld)、シンガポールのシンガポール港湾庁(PSA)、
北京市に本社のある中国遠洋運輸公司(COSCO)と続きます。ちなみにドイツのターミナルオペレーター
としては、オイロゲート(Eurogate)が6位、ハーラ(HHLA)が10位に位置しています。

オイロゲートは先のBLGのグループ企業の1つです。


 グローバルターミナルオペレーターは、大きく2つに分類されます。港湾会社系と定期船社系です。
また、それぞれが公的機関によって所有・運営されているものと私企業によるものとに分けられます。
港湾会社系で公的なものとしては、PSA、DPWorld、HHLA、私企業としては、HPH、Eurogateが挙げられます。
このEurogateは、市営企業であるBLGと私企業であるEurokaiが50%ずつ出資してつくられた企業であるため、
BLGのグループ企業ではありますが、通常私企業として分類されています。

また、定期船社系で公的なものとしては、COSCOが、私企業としてAPMT、Evergreen、APL、Hanjin、
Kline、YangMing、Hyundaiなどがあります。

 これらの企業が事業を拡大・強化するにあたっては、M&Aによるものが中心であり、なかでもAPMT、
PSA、DPWの動きが顕著です。また、コンテナ取扱個数上位4社(HPH、APMT、PSA、DPW)を
四大ターミナルオペレーターと呼んでいます。



2.ルアーブル・ハンブルクレインジのコンテナ港における活動の実態


 四大ターミナルオペレーターが、ルアーブル・ハンブルクレインジに属するコンテナ港において、
どのようなターミナルの運営を行っているかについて調査しました(2009年)。

その結果、フランスのルアーブルでは、DPWのみが進出しており、全コンテナ取扱量に占める比率は
約20%でした。ベルギーのアントワープにはPSAとDPWの2社が進出しており、この2社で全体の約75%の
コンテナを取り扱っています。オランダのロッテルダムでは、HPH・APMT・DPWの3社で全体の80%を
取り扱っており、なかでもHPHだけで全体の60%を占めています。


 一方、ドイツ最大のコンテナ港ハンブルクには、これら4社の進出はみられませんし、
その他の外資系グローバルターミナルオペレーターも進出していません。
ドイツ第2のコンテナ港で、ブレーメンの外港であるブレーマーハーフェンにはAPMTが進出していますが、
全体に占める割合は約25%です。

また、2012年9月に一部供用を開始したヤーデヴェーザーポート(JadeWeserPort)にもAPMTが進出して
います。JadeWeserPortはヴィルヘルムスハーフェン(Wilhelmshaven)市の地先に建設中のコンテナ港で、
大水深港湾・沿海岸港・潮汐非依存型・開放型のすべての条件を備えたドイツで唯一の港であり、
国策として計画されたものです。

ここの経営権を獲得したのはEurogateですが、株式の30%をAPMTに売却し、定期船社系のグローバル
ターミナルオペレーターであるAPMTとの共同経営という形を取っています。APMTはA.P.モラー・
マースクグループに属しています。世界で一番多くのコンテナ船を保有している海運会社マースクラインも、
ここのメンバーです。新しい港にコンテナ船が寄港してくれるかどうかは、極めて重要な問題ですから、
APMTと手を組んだということは賢明な判断だったと考えられます。




 
ハンブルク港のコンテナターミナル

       
向かって左がBLG、右がHHLA
 



港3.jpg







ドイツ最大の大水深港湾であるJadeWeserPort


2012年9月に一部供用開始、ガントリークレーンは中国製

 


港 写真4.jpg





(3)につづく

文学部 史学科 教授 生井澤 幸子








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2014年03月02日

港が語る東と西の物語

地域とともに活躍する川村学園女子大学





   ーロッテルダムかハンブルクかー



第1回  はじめに


 日本の港は、どうして元気をなくしてしまったのでしょうか。
かつては、海運国といわれていた日本の港は、横浜も神戸も東京も取扱貨物量で上位に位置していました。
今は、日本で首位を占める東京港ですら、世界ランキング20位のなかには入っていません。

それとは対照的なのが、シンガポール・中国・韓国・ドバイ・台湾の港で、世界ランキング10位内にずらりと
名を連ねています。

目をヨーロッパの港に向けてみましょう。

ヨーロッパで最大の取扱貨物量を誇るのは、オランダのロッテルダム港ですが、実は、ここで
活躍しているのが、先に挙げたアジア国々のグローバルターミナルオペレーターたちです。

グローバルターミナルオペレーターというのは、世界的規模でコンテナターミナルを経営する企業のことで、
コンテナターミナルへの投資や開発、M&Aによって事業を拡大し続けてきました。

この西の舞台に東の役者という現象は、北海沿岸のオランダ・ベルギーの主要な港において、
特に顕著にみられます。フランス・ドイツでも近年、その傾向は強まってきています。ただ、
興味深いのは、ロッテルダムに次ぐヨーロッパ第2の港であるドイツのハンブルク港には当てはまりません。
ハンブルク港は、今でも市営企業であるHHLAの独壇場であり、そこにブレーメンのこれも
市営企業であるBLGが一部入りこむ形になっています。このハンブルク港のやり方は、
ヨーロッパ北海沿岸の主要港(ルアーブル・ハンブルクレインジと呼んでいます)においては珍しいケースです。

筆者は、長年、日本の港を対象として、港と後背地における物流について調査・分析してきました。
そして、10年くらい前から、フィールドをドイツに移し、@北ドイツの港の連携と競合 
Aドイツの都市と港という2つの切り口から調査を進め、成果をまとめてきました。

公開講座では、まずは、東と西の物語というテーマに則って総論を展開し、続いて各論として、
筆者のフィールドの1つであり、先ほど珍しいケースであると紹介したハンブルクについて取り上げます。


第1回   はじめに
第2回   総論・・・グローバルターミナルオペレーターと港
第3回   各論・・・ハンブルクの生き方
第4回   おわりに



写真1  
ハンブルク港とHHLA(港湾総合物流業であり、グローバルターミナルオペレーターでもある)


ハンブルクの市営企業HHLAの本社で、ハンブルク港に立地している



港 写真1.jpg





写真2  
ブレーメンとBLG(港湾総合物流業で、グループ企業の1つがグローバルターミナルオペレーターのオイロゲート)


ブレーメンの市営企業BLGの本社ビルで、港ではなく中心市街地に立地している



港 写真2.jpg





第2回につづく




文学部 史学科 教授 生井澤 幸子








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